量子化学:量子化学計算の手法について【計算化学】

量子化学計算の手法について

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Q&Aで量子化学計算の手法について解説しています。

 量子化学計算の基本

🤔質問

量子化学計算の基本事項について教えてください。

量子力学は、物理学の一分野であり、微小な粒子(例えば電子など)の運動を記述する理論を研究する学問分野です。量子化学計算では、分子内の電子の動きを解析し、分子の構造と性質を推定します。

以下は、量子化学計算の基本事項です。

    1. 波動関数:量子化学計算では、分子の電子構造を表現するために、波動関数を用いることが一般的です。波動関数は、分子内の電子が占有する空間の確率密度を表す関数です。波動関数は、Schrödinger方程式を解くことによって得られます。

    2. 基底状態:分子の最も安定な状態を表す波動関数を、基底状態と呼びます。基底状態の波動関数を計算することにより、分子のエネルギー、構造、反応性などの性質を予測することができます。

    3. スピン:スピンは、物理系の特性の一つであり、電子のスピンは特に重要です。スピンは、磁気的な性質を持ち、量子化学計算においては、分子軌道の形成や反応のメカニズムの理解などに重要な役割を果たします。

    4. 近似手法:量子化学計算では、Schrödinger方程式を解くことは非常に困難であるため、近似手法を用いて解析を行います。例えば、ハートリー-フォック法や、密度汎関数法(DFT)が用いられます。

    5. 計算方法:量子化学計算は、コンピューター上で行われます。一般的な計算手法には、HF法、MP法、CI法、DFT法などがあります。これらの手法は、計算時間や精度の面で異なる特徴を持っています。

    6. 応用:量子化学計算は、分子の構造や反応性を理解するために広く用いられています。化学反応の機構解明、新しい物質の設計、医薬品の創製などに役立ちます。また、材料科学や環境科学などの分野でも利用されています。


🤔質問

量子化学計算の計算コストについて教えてください。

量子化学計算の計算コストは、計算リソースの使用量によって決まります。具体的には、以下のような要素がコストに影響します。

    1. 分子のサイズ:分子のサイズが大きくなると、計算コストも大きくなります。これは、分子内の原子数が増えるにしたがって分子内の電子の数も増え、計算時間が増えるためです。

    2. 計算方法:計算方法によって、計算コストに大きな違いがあります。たとえば、密度汎関数理論(DFT)は、ハートリー-フォック法よりも高速に計算できることが一般的です。また、波動関数の解析解を求める方法よりも、数値的な手法を使用する方法の方が計算コストが低くなる場合があります。

    3. 計算リソース:計算リソースが豊富にある場合、より大きな分子や高度な計算方法を使用することができます。一方、計算リソースが限られている場合、計算時間を短縮するために分子サイズを小さくするなどの工夫が必要になります。

    4. 計算精度:計算精度が高いほど、計算コストが高くなります。たとえば、波動関数の解析解を求める方法は非常に正確ですが、計算コストが非常に高くなるため、近似的な方法を使用することが一般的です。

以上が、量子化学計算の計算コストに影響する要素です。計算コストを低減するためには、分子サイズを小さくする、より高速な計算方法を使用する、計算リソースを最適化する、計算精度を緩和するなどの工夫が必要になります。

さらに、計算コストを削減するためには、並列計算や分散計算を利用することも有効です。多くの場合、大きな分子系に対しては分散計算を用いることが必要になります。分散計算では、分子を小さな断片に分割し、それぞれの断片を別々の計算ノードで計算することで、全体の計算コストを削減します。

また、最近では、人工知能(AI)を活用した量子化学計算も注目されています。例えば、深層学習を用いた分子構造予測や、強化学習を用いた反応機構予測などが研究されています。これらの手法を用いることで、より高速で正確な量子化学計算が実現されることが期待されています。


🤔質問

量子化学計算における主要な計算手法の枠組みを教えてください。

量子化学計算における計算手法は、一般に幾つかの近似が計算コストを抑えつつ、実験データや理論的知見との整合性を保ったまま、より大きな分子系に対しての計算を可能にする手法です。以下に、代表的な計算手法をいくつか紹介します。

    1. ハートリー・フォック法HF法):分子内の電子の波動関数を決定するための最も基本的な手法です。この手法では、電子の波動関数を一つの波動関数で近似し、その波動関数に対するエネルギーを最小化することで、分子内の電子の状態を決定します。

    2. 分子軌道法MO法):分子内の電子の波動関数を、分子軌道と呼ばれる線形結合の形で近似する手法で、MO(Molecular Orbital)法とも呼ばれます。この手法では、分子軌道に対するエネルギーを最小化することで、分子内の電子の状態を決定する。ハートリー・フォック法は分子軌道法の一種に分類されます。

    3. 密度汎関数法DFT法):電子密度を直接用いて電子の波動関数を決定する手法です。この手法では、電子密度に対するエネルギーを最小化することで、分子内の電子の状態を決定します

    4. 半経験的法:HF法やDFT法よりも少ない計算コストを実現する手法です。この手法では、実験データに基づいてパラメータを決定し、そのパラメータを用いて分子内の相互作用エネルギーを評価します。empirical(エンピリカル)な手法と表現されることがあります。

    5. 分子力学法MM法):分子内の原子の振る舞いを分子力学的な法則から予測する手法、MM(Molecular Mechanics)法とも呼ばれる。電子状態を考慮せず、原子間のポテンシャルエネルギーのみを扱うため、波動関数法やDFT法に比べて計算コストが低いですが、分子内の電子相互作用を正確に扱うことができないため、定量的な予測には向かない場合があります。

以上が、量子化学計算における代表的な近似手法です。適切な手法の選択は、計算の目的や対象となる分子系の性質によって異なります。

 

 HF法について

🤔質問

ハートリー・フォック法の原理について教えてください。

ハートリー・フォック(HF)法は、量子化学計算の基礎的な手法の一つであり、分子軌道法の代表的な手法の一つです。HF法は、分子内の全ての電子が中心核のポテンシャルエネルギーと他の電子による反発エネルギーを受けて運動していると仮定します。この仮定に基づいて、HF法では分子の電子状態を記述するための基底状態の波動関数を求めます。

具体的には、HF法では分子軌道と呼ばれる一連の数学的関数を使って、分子内の電子の運動を表現します。これらの軌道は、近似的に一つの中心核周りの原子軌道の線形結合として表されます。その後、この波動関数を用いて、分子のハミルトニアン演算子を表現し、固有値方程式を解くことで基底状態のエネルギーと波動関数を求めます。

HF法では、真のエネルギーとの誤差が生じます。これは、HF法が全電子相関を考慮していないためです。すなわち、HF法では、分子内の電子が互いに相互作用することによって生じるエネルギー寄与を無視しているため、分子のエネルギーを過大に見積もる傾向があります。このため、より正確な計算を行うためには、より高次の計算手法が必要になります。


🤔質問

ハートリー・フォック法にはどのような問題点がありますか?

HF法の問題点は以下のようなものがあります。

    1. 電子相関を考慮できない:HF法は、電子相関を考慮せずに電子状態を記述するため、弱相関系においては比較的正確な結果を得ることができますが、強相関系においては不正確な結果を与えます。これは、電子同士の反発や引き合い、電子のスピン相関などを考慮しないためです。

    2. 基底関数依存性:HF法は、計算に使用する基底関数に依存するため、適切な基底関数を選択しなければ正確な結果を得ることができません。また、基底関数の数を増やせば精度は向上しますが、計算コストが増大します。

    3. 開殻系の扱いが困難:HF法は、閉殻分子に対して比較的正確な結果を与えますが、開殻系の分子に対しては不正確な結果を与えることが多く、扱いが困難です。特に、過酸化水素や窒素分子などの多重結合を持つ分子では、HF法の結果が実験結果と大きくずれることがあります。このような系の計算にはスピン非制限HF法 (Unrestricted Hartree-Fock, UHF法)を利用します。

    4. 分子間相互作用の扱いが困難:HF法は、分子間相互作用を十分に考慮しないため、水素結合やファンデルワールス力などの相互作用を正確に扱うことができません。これらの相互作用が重要な役割を果たす分子系においては、HF法の結果が実験結果と大きくずれることがあります。

以上のように、HF法には電子相関を考慮できない、基底関数依存性、オープンシェル分子の扱いが困難、分子間相互作用の扱いが困難といった問題点があります。これらの問題点を解決するために、HF法を発展させたポスト・HF法や、完全な電子相関を扱う密度汎関数理論(DFT)などが研究されています。


🤔質問

ハートリー・フォック法で求められるエネルギーと真のエネルギーとの誤差について教えてください。

ハートリー・フォック法で求められるエネルギーは、原子核と電子間のクーロン相互作用を平均場近似によって求めたものであり、近似によって誤差が生じます。この誤差は、次のように表されます。$$E_{\mathrm{HF}}-E_{\mathrm{exact}} = E_{\mathrm{HF}}-E_0 + (E_0-E_{\mathrm{exact}})$$ここで、$E_{\mathrm{HF}}$はハートリー・フォック法で求めたエネルギー、$E_{\mathrm{exact}}$は真のエネルギー、$E_0$は平衡幾何構造における真のエネルギー、$E_{\mathrm{HF}}-E_0$は平衡幾何構造におけるハートリー・フォック法でのエネルギーと真のエネルギーとの差を表します。

この式から、ハートリー・フォック法の誤差は、平衡幾何構造における真のエネルギーとの差に加え、平衡幾何構造の探索の誤差も含まれることがわかります。また、真のエネルギーと平衡幾何構造におけるエネルギーの差が大きい場合、ハートリー・フォック法の誤差も大きくなります。


🤔質問

この誤差を解消するにはどのようにすればよいのでしょうか?

ハートリー・フォック法の誤差を解消するには、その後継の手法である「ポスト・ハートリー・フォック法」が一般的に用いられます。具体的には以下のようなものがあります。

    • MP2 (Møller-Plesset perturbation theory of the second order)
    • CCSD (coupled-cluster singles and doubles)
    • CCSD(T) (coupled-cluster singles, doubles, and perturbative triples)

これらの手法は、ハートリー・フォック計算結果からの摂動的な修正を行い、真のエネルギーに近い結果を得ることができます。ただし、計算コストが高くなるため、比較的小規模な分子の計算にしか適用できない場合があります。


🤔質問

それらの手法について具体的に説明してもらえますか?

以下にMP2、CCSD、CCSD(T)の具体的な式を示します。

まず、MP2はハートリー・フォック計算結果に摂動項を加えて補正します。二次の摂動によるエネルギーの修正は以下のように表されます。$$E^{(2)}=\sum_{i<j} \frac{\langle ij||ij\rangle \left(2\langle ij|ij\rangle-\langle ij|ji\rangle\right)}{\epsilon_i+\epsilon_j-\epsilon_a-\epsilon_b}$$ここで、$\langle ij||kl\rangle$は2つの電子の相互作用を表す積分、$\epsilon_i$、$\epsilon_j$、$\epsilon_a$、$\epsilon_b$はそれぞれ、軌道$i$、$j$、$a$、$b$のエネルギー固有値を表します。

次に、CCSDは、電子相関を含むエネルギーを厳密に計算するために、クラスター演算子を導入して軌道関数を展開し、最も重要なシングルおよびダブルのクラスターについて求める手法です。以下に、エネルギーの式を示します。$$ E_\text{CCSD} = \langle \Phi_0 | H_\text{N} e^{T} | \Phi_0 \rangle $$ここで、$\Phi_0$はHF計算で求めたハートリー・フォック波動関数、$H_\text{N}$は核引力項、$T$はクラスター演算子、$|\Phi_0\rangle$はHF波動関数を表します。

最後に、CCSD(T)は、CCSDに対して、クラスター演算子の3次以上の項を含めた修正を行うことで、さらに高い精度を得る手法です。以下に、エネルギーの式を示します。$$ E_\text{CCSD(T)} = E_\text{CCSD} + \Delta E_\text{CCSD(T)} $$ここで、$\Delta E_\text{CCSD(T)}$は3次以上のクラスター演算子による修正項です。この項は、CCSDによって求めた相関エネルギーと、CCSDの3次以上の摂動によって求めた相関エネルギーの和からなります。具体的には以下の式で表されます。$$ \Delta E_\text{CCSD(T)} = -\dfrac{1}{4} \sum_{ijab} \dfrac{\langle ij || ab \rangle \langle ab || ij \rangle}{\epsilon_i + \epsilon_j-\epsilon_a-\epsilon_b} $$ここで、$i$と$j$は閉殻分子における電子の軌道指標、$a$と$b$は仮想軌道指標であり、$\epsilon$はそれぞれの軌道のエネルギーを表します。また、$\langle ij \parallel ab\rangle$は2つのクラスターオペレーターを表し、次のように定義されます。$$\langle ij || ab \rangle = \langle ab |V_\text{N-E}| ij \rangle$$ここで、$V_\text{N-E}$は電子と核の相互作用エネルギーを表します。

CCSD(T)は、三重励起クラスターの補正により、CCSDよりも高い精度が得られます。ただし、CCSD(T)は計算コストが非常に高く、大きな分子に対しては計算不可能な場合があります。

 

 密度汎関数理論について

🤔質問

密度汎関数理論を用いた量子化学計算で用いられる汎関数にはどのようなものがありますか?

密度汎関数理論において、一般的に用いられる汎関数は次のようなものがあります:

    1. Kohn-Sham汎関数:この汎関数は、電子の密度を入力として受け取り、ポテンシャル(エネルギーと勾配)を出力する。
    2. LDA汎関数:局所密度近似(LDA)を用いた密度汎関数理論において、エネルギー汎関数として用いられる汎関数。局所的な密度にのみ依存するため、計算が比較的容易である。
    3. GGA汎関数:汎関数に勾配項を追加することで、非局所的な効果を考慮する密度汎関数理論。この汎関数は、LDAよりも正確性が高い。
    4. Meta-GGA汎関数:GGAよりも更に高次の勾配項を含む汎関数であり、特に、分子の反応性や分子内の非共有結合の性質を正確に予測するために使用される。PKZB、TPSS、KCIS、M06-Lなどがある。
    5. 混成汎関数(Hybrid functional):LDA,GGAやMeta-GGAの交換項を,Hartree-Fock交換を一定の割合で混ぜることにより補正した交換相関汎関数。B3LYP、PBE0、HSE、M06-2Xなどがある。系にもよるが、実験値を定量的に再現できるような高い精度が得られる場合もある。

これらの汎関数は、量子化学計算や固体物理学、表面科学などの分野で広く使用されています。しかし、現在でもより正確な汎関数の開発が続けられており、今後もさらなる進展が期待されています。


🤔質問

密度汎関数理論では「軌道」の概念が本質的には必要ないはずですが、実際の計算においては分子軌道法のように都合上「軌道」の概念が導入されていますよね。これにはどのようなメリットがあるのでしょうか?

密度汎関数理論においては、電子の状態は密度によって完全に記述されるため、軌道の概念は本質的に必要ありません。しかし、実際の計算においては、分子軌道法などの手法が使用される場合があります。これには、次のようなメリットがあります。

    1. 化学的な解釈のしやすさ:分子軌道法においては、原子軌道の組み合わせによって分子軌道が形成されるため、化学的な解釈がしやすくなります。たとえば、反結合性軌道やπ軌道など、分子軌道の形状が化学的な性質と密接に関連している場合には、分子軌道法が有用です。

    2. 原子軌道ベースの近似的な手法が存在する:密度汎関数理論においては、密度汎関数を近似的に求める手法がありますが、それと同様に、原子軌道ベースの近似的な手法も存在します。たとえば、semi-empirical法やHF法などがあります。これらの手法は、分子軌道法による計算よりも計算コストが低く、大規模な分子の計算にも適しています。

    3. 分子構造の比較が容易である:分子軌道法による計算においては、分子間の比較が容易になります。たとえば、同じ分子において異なる基底関数セットを使用して分子軌道を計算することで、基底関数セットの影響を評価することができます。

以上のようなメリットがあるため、密度汎関数理論においても、分子軌道法が広く使用されています。ただし、密度汎関数理論が求める物理量は電子の密度であり、分子軌道法が計算する物理量は軌道エネルギーや軌道の形状などです。そのため、密度汎関数理論と分子軌道法の組み合わせによる計算では、密度と軌道が一致しない場合があります。


🤔質問

密度汎関数理論を用いた量子化学計算の具体的な手続きを教えて下さい。

密度汎関数理論は、分子の電子状態を記述する密度関数を求める理論であり、量子化学計算に広く使用されています。密度汎関数理論を用いた量子化学計算の手続きは、以下のようになります。

    1. 分子の構造の決定:まず、計算する分子の構造を決定します。これは、実験的に得られた構造を使用する場合もありますが、計算化学ソフトウェアによる最適化も可能です。

    2. 分子の電子数の決定:次に、分子に含まれる電子の数を決定します。これは、分子の化学式から求めることができます。酸化数とスピン状態を入力すれば、ほとんどの計算化学ソフトウェアが自動的に決定します。

    3. 基底関数の選択:計算に使用する基底関数のセットを選択します。これは、分子の大きさや計算の精度に応じて計算者によって選択されます。

    4. 電子状態の計算:密度汎関数理論を用いて、分子の電子状態を計算します。これには、密度関数を求めるためのKohn-Sham方程式を解く必要があります。Kohn-Sham方程式は、以下のように表されます。 $$\small \Big[ -\dfrac{1}{2}\sum_{i=1}^n \nabla_i^2 + \int \dfrac{\rho(\boldsymbol{r}’)}{|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}’|} d\boldsymbol{r}’ + V_{\text{ext}}(\boldsymbol{r})+V_{\text{Hxc}}(\rho(\boldsymbol{r})) \Big] \psi_i(\boldsymbol{r}) = \epsilon_i \psi_i(\boldsymbol{r})$$ここで、$n$は電子の数、$\boldsymbol{r}$は電子の位置ベクトル、$\psi_i$は$i$番目の電子の波動関数、$\epsilon_i$は$i$番目の電子のエネルギー、$\rho$は電子密度、$V_{\text{ext}}$は外部ポテンシャル、$V_{\text{Hxc}}$は交換相関ポテンシャルです。

    1. 電子密度の計算:Kohn-Sham方程式で求めた電子状態から、分子の電子密度を求めます。これは、以下のように表されます。$$\rho(\boldsymbol{r}) = \sum_{i=1}^n |\psi_i(\boldsymbol{r})|^2$$

    2. 物理量の計算:最後に、電子密度を用いて、分子の物理量(エネルギー、反応速度定数、分子の形状など)を計算します。これには、密度汎関数理論に基づいた適切な関数が使用されます。例えば、分子のエネルギーを計算する場合は、以下のようになります。$$E[\rho(\boldsymbol{r})] = \int \rho(\boldsymbol{r}) \Big[ T_s(\rho(\boldsymbol{r})) + V_{\text{ext}}(\boldsymbol{r}) \Big] d\boldsymbol{r} + E_{\text{Hxc}}[\rho(\boldsymbol{r})]$$ここで、$E$は分子の全エネルギー、$T_s$はKohn-Sham方程式で定義された運動エネルギー項、$V_{\text{ext}}$は外部ポテンシャル、$E_{\text{Hxc}}$は交換相関エネルギーです。

密度汎関数理論を用いた量子化学計算は、分子の構造や性質を理論的に予測するために広く使用されています。しかし、計算が複雑であるため、高度な数値計算技術や計算化学ソフトウェアの使用が必要となります。

 

 分子軌道法と密度汎関数理論の違い

🤔質問

分子軌道法と密度汎関数理論の違いは何ですか?

分子軌道法と密度汎関数理論は、両方とも量子力学的手法であり、分子の電子構造を計算するために使用されますが、アプローチや計算の対象に違いがあります。簡単に言うと、DFT法は分子の電子密度を用いた計算方法であり、MO法は分子軌道を用いた計算方法です。

それぞれについてもう少し詳しく説明します。

分子軌道法は、分子内の電子が分子全体の軌道に分布すると仮定し、分子の波動関数を分子軌道の線形結合として表します。この手法は、分子内の個々の電子の運動を明確に示し、分子内での電子の相互作用を説明することができます。分子軌道法は、非常に小さい分子に対しては正確な計算が可能ですが、大きな分子や金属錯体などの複雑な分子に対しては計算が非常に困難であり、計算時間もかかります。

一方、密度汎関数理論は、分子内の電子の空間的分布を直接計算する手法です。この理論では、電子密度が分子内のどこにあるかを計算し、電子密度から電子のエネルギーやその他の性質を決定します。密度汎関数理論は、比較的大きな分子や固体など、より大規模な系に対して適用することができます。また、高速な計算が可能であり、実験データと比較して高い精度を持つことが示されています。

したがって、分子軌道法と密度汎関数理論は、分子内の電子の挙動を計算するために使用される2つの異なる手法であり、それぞれのメリットやデメリットがあります。


🤔質問

これらの手法はいずれも非経験的(Ab initio)な手法という理解で正しいでしょうか?

分子軌道法と密度汎関数理論は、どちらも理論的な手法であり、電子の挙動を基本原理から計算するために使用されます。そのため、いずれの手法も非経験的(ab initio)な手法とみなすことができます。

非経験的手法は、実験データに基づく仮定やパラメータを必要とせず、原子や分子の基本的な物理的性質についてのみの知識を用いて計算を行います。そのため、非経験的手法は、実験的な情報が利用できない状況でも、物理的な性質や反応性を予測するために有用です。

ただし、実際の分子の計算において、分子軌道法や密度汎関数理論には、いくつかの近似や仮定が含まれています。それらの近似や仮定が、正確性や精度に影響を与えることがあります。そのため、実際の計算結果は、近似や仮定によって制限される場合があります。


🤔質問

密度汎関数理論(DFT)の計算で利用されるB3LYP汎関数のような関数のパラメータは実験値を再現するようにフィッティングして調整されています。このような場合でも非経験的(Ab initio)な手法と見なして良いのでしょうか?

B3LYP汎関数のような密度汎関数理論の関数は、実験的な情報を用いて最適化されたパラメータを含むことがあります。そのため、厳密な意味では非経験的手法とは見なせません。

ただし、密度汎関数理論自体は、分子の基本的な物理的性質についてのみの知識を用いて計算を行う非経験的手法として、一般的に認識されています。密度汎関数理論の中核となる電子密度汎関数は、電子のスピン密度や電荷密度など、基本的な物理的性質に基づいて計算されます。

また、密度汎関数理論において、B3LYPなどの汎関数は、密度汎関数の誤差を修正するために開発されており、その正確性は理論的な観点から検証されています。そのため、B3LYP汎関数のような密度汎関数理論の関数は、理論的な基盤から構築されているため、非経験的手法として一般的に見なされています。

 

 半経験的手法について

🤔質問

半経験的手法にはどのようなものがありますか?

半経験的方法には、以下のようなものがあります。

    1. CNDO法(Complete Neglect of Differential Overlap):1957年に提案された、最初の半経験的法の一つで、小さな分子の計算に使用されます。

    2. INDO法(Intermediate Neglect of Differential Overlap):1971年に提案された、CNDO法の改良版であり、有機分子の計算に使用されます。

    3. MINDO法(Molecular Interactions by Orbital Descriptions):1972年に提案された、より高次の励起状態を扱うことができる半経験的法で、金属錯体の計算に使用されます。

    4. MNDO法(Modified Neglect of Diatomic Overlap):1980年代に提案された、より大きな分子の計算に適した半経験的法で、有機分子や生体分子の計算に使用されます。

    5. AM1法(Austin Model 1):1985年に提案された、水素結合や疎水効果などの分子間相互作用を考慮した半経験的法で、有機分子の計算に使用されます。

    6. PM3法(Parameterized Model 3):1991年に提案された、AM1法の改良版であり、より大きな分子の計算にも適用可能な半経験的法です。

これらは、半経験的法の中でも代表的な手法の一部です。それぞれ構造最適化や反応エネルギーの計算など、様々な分野で使用されています。


🤔質問

半経験的手法にはどのような問題点がありますか?

半経験的法は、量子化学計算の中でも比較的高速な手法であり、実験データを基にしたパラメーターを用いて計算を行うため、大規模な分子系にも適用できることが利点です。ただし、半経験的法にはいくつかの問題点があります。

    1. パラメーターの選択の難しさ:半経験的法では、実験データから得られたパラメーターを使用するため、パラメーターの選択が計算精度に大きく影響します。そのため、パラメーターの選択が難しい場合、計算結果の信頼性が低下することがあります。

    2. 計算精度の制限:半経験的法は、全電子波動関数法や多体摂動法に比べて計算精度が低いため、高精度な計算が必要な場合には適していません。また、パラメーターの選択が慎重に行われなかった場合、誤った結果を与えることがあります。

    3. 計算時間の制限:半経験的法は、量子化学計算の中でも比較的高速な手法ですが、大規模な分子系に適用する場合には計算時間が制限されます。そのため、より高速な計算手法が必要な場合があります。

以上が、半経験的法の主な問題点です。しかし、半経験的法は実用的な手法であり、計算速度や精度など、目的に合わせて適切な計算手法を選択することが重要です。

 



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