大学の有機化学:化合物を命名する

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✎どうして命名法を学ぶのか

前節では化学の「共通語」を学ぶ必要があるというお話をしました。ある化合物を話題にするとき、その化合物に万国共通で理解できるような名前が付いていないとどの化合物を指しているのか分からず非常に不便です。そこで化学者たちは一つ一つの化合物に対して、構造が正確に分かるような名前の付け方を決めました。それが「IUPAC命名法」として知られている命名法です。

IUPACというのは「国際純正・応用化学連合」(International Union of Pure and Applied Chemistry)という国際化学標準化組織であり、化合物の名付け方や呼び方のスタンダードを決めている世界的権威です。

現在、1億個(!)に届こうとしているほど膨大な数の有機化合物が知られています。もしこれらの化合物に一つ一つ個別に名前を付けていくとどういうことになるでしょう?皆さんは1億人の友人の名前をいちいち覚えていられるでしょうか?

そうした覚えにくさや名付けにくさを解消するべく、これらの化合物に系統立てて名前を付けようというのがIUPAC命名法なのです(系統立ててという点が重要です!)。有機化合物の命名法が教科書の始めの方に載っていることが多いことからも、命名法が有機化学を学ぶ上で重要なものであることがお分かり頂けると思います。本節では大学の有機化学で最初の関門となるであろう化合物の命名法を詳しく解説していきます。


先生、命名法が嫌いです!

命名法の勉強は有機化学の勉強の中でも特に地味(笑)なものの一つで、残念なことに、命名法がイヤで有機化学の勉強を諦めるといった学生も少ないとは言えません。かく言う筆者も命名法をよく理解していたとは言えませんでした・・・。

しかし命名法を理解することは有機化学を学ぶ上で必要不可欠です。どうしても命名法をマジメに勉強したくない、という頑固な方は無理に命名法から学ぶのではなく、化学反応の勉強を進めながら少しずつ学習していけば良いと思います。普通の有機化学の教科書は「基礎→応用」の流れで書かれているため、講義の進め方も命名法を最初にきちんとやってから各論に移る、という流れになってしまいます。

余談ですが、筆者がかつて有機化学を教わった先生も、学生の頃は命名法の勉強に拒絶反応が出てしまうタイプの人だったようですが、今や国立大学の教授を務めておられます。命名法が嫌いな人には、独学でも有機化学を理解することができるのだということを予め伝えておきます。その道に進む場合はともかく、たかが命名法のために有機化学の世界に踏み込まないのは勿体無いことです。

ではテストのときは・・・? ・・・潔く諦めて勉強しましょう(笑)。


✎IUPAC命名法の基本

IUPAC命名法では、まず命名するための中心部分を見つけることから始めます。有機化合物の名前は主に、炭素鎖置換基接尾辞の3つの要素から成ります。

例えば、次の分子には「(2Z,4E)-3-chloro-2,4-hexadiene」という名前が付いています。日本語だと「(2Z,4E)-3-クロロ-2,4-ヘキサジエン」となります。

これを何も見ないで正しく命名できるようになっていれば命名法に関しては大体OKと言えるでしょう。今の時点で命名できなくても全く心配する必要はありません。寧ろ大歓迎です(笑)。命名法の苦手な方は、この分子の命名ができるようになることを目標にして学んでいきましょう。

では、まず最も基本的な要素である炭素鎖について考えていきます。

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✎炭素鎖を決定する!

IUPAC命名法によれば、アルカン分子(一般式$\text{C}_n\text{H}_{2n+2}$)の名称は以下の通りに定められています。

C=1 メタン methane
C=2 エタン ethane
C=3 プロパン propane
C=4 ブタン butane
C=5 ペンタン pentane
C=6 ヘキサン hexane
C=7 ヘプタン heptane
C=8 オクタン octane
C=9 ノナン nonane
C=10 デカン decane

炭素数が$10$個のアルカンまでを表にしました(ホントはもっと存在します)。これは高校化学でも同じですね。アルカンは飽和結合の炭素鎖のみからなる最も基本的な有機化合物群であり、種々の化合物はこの骨格名をもとに名付けられます。

アルカンの場合は末尾が「-ane」となり、その前の部分、例えばメタンであれば「meth-」の部分が語幹となります。置換基ではなく炭素鎖の長さによってのみ語幹が変わりますので、まずは炭素鎖の炭素数を調べることが先決です。

次の分子を見てみましょう。

有機化合物の命名における化合物名の語幹は、その分子内で最長の炭素鎖の炭素数で決定されます。そのような最長の炭素鎖のことを「主鎖」と呼びます。この分子の場合、主鎖はどれでしょうか?

高校化学までは炭素や水素を省略することが無かったので、炭素骨格が比較的簡単に分かりましたが、大学の有機化学で使われる骨格だけの構造式では炭素や水素が省略されており、慣れないうちは炭素数を見誤ってしまうことがあります。ヘテロ原子は省略しないというルール(前節参照)に注意しながら炭素数を左上の炭素から数えていくと次のようになります。

・・・というわけで、最長の炭素鎖を作る炭素数は$6$個であることが分かりました。したがってこの化合物の主鎖の語幹は「hex-」となります。このように必ずしも主鎖が横長に描かれているとは限らないので要注意です。

主鎖を決定する方法は基本的にこれと同じです。炭素原子に順に番号を振っていくだけなのですが、振り始める炭素の位置が悪いと主鎖の長さを正しく決定できないことがあります。

例えば次の分子における主鎖の炭素数は$6$個です。

ところが次のように右上から数え始めてしまうと主鎖(?)の炭素数が$5$個という結果になります。

こうしたミスを犯さないために、主鎖の始点となり得る炭素原子の候補が複数存在する場合は特に注意して数えましょう。

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✎置換基で接尾辞が決まる

置換基とはパターンが決まった構造を持ち、大抵は複数の原子からなる部分構造を指します。以下に一覧を示しますが、見づらい場合はお手持ちの教科書を参照して下さい。

「命名法の優先度」というのは分子内に置換基が複数存在する場合に必要になります。例として4-ヒドロキシ-2-ブタノンの構造を見てみましょう。

この分子にはカルボニル基(ケトン)とヒドロキシ基の2つの官能基が存在します。このような場合は2通りの名称を与えるのではなく、必ずいずれかの官能基を優先させて名付け方が一意になるようにします。そのため命名法においては置換基によって優先度が定められているのです。

この例では、優先度がケトン基>ヒドロキシ基なので、接尾語はケトン基の「-one」と決まり、主鎖の番号は優先度が最高のカルボニル炭素(カルボニル基の炭素)が最も若い番号になるように振ります。よってケトン基の炭素は2位となり、ヒドロキシ基は4位の炭素に結合していることになるので、名称は「4-ヒドロキシ-2-ブタノン」と決まります。

表の通り、置換基によって接尾辞が決まるので、置換基の序列はある程度覚えておくのが好ましいと言えます。

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優先度が最高の置換基が付いている炭素の番号が最も若くなるように名付けるというのはIUPAC命名法のルールです。IUPAC命名法では化合物名が無尽蔵に増えてしまわないようにこうした決まりを設けています。

例として2-ブタノールの場合を考えてみましょう。構造式は以下のようになります。

では次の化合物名は何でしょうか?

パッと見て「3-ブタノール」と名付けたくなりますが、これは180度回転させると2-ブタノールに一致します。つまり、

2-ブタノール = 3-ブタノール

ということになりますが、どっちも同じ分子を表しているなら番号の小さい方を使うことにしましょう、というのがIUPAC命名法の精神です。このルールが、化合物名が無暗に増えないようにする合理的な工夫であることがお分かり頂けるかと思います。


✎化合物を命名してみよう!

命名法の大まかな流れは以下のようになります。

主鎖を決定する

置換基をすべて見つける

置換基の序列にしたがって命名する

大学で学ぶ有機化学の命名法が難しい理由には、分子内に様々な置換基が共存するなど命名が複雑になる、というのもありますが、それだけではありません。大学有機化学で登場する分子には立体化学を考慮しなければならないものが多く、3次元的に分子の構造を把握しないと命名できない、という事態に陥ります。

・・・という訳で、立体異性体などキラリティー(対掌性:たいしょうせい)を考慮する必要が生じるケースはレベルが高いので次節で扱うことにして、本節ではごく単純な化合物で命名法の確認&練習をしてみましょう。

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それでは、以下に化合物の構造式を幾つか示しますので、それぞれ命名してみて下さい!テストではないので制限時間はありません(笑)。

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2-メチルプロパン(2-Methyl-propane)です。

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1-ブテン(1-Butene)です。

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メトキシプロパン(Methoxypropane)です。慣用名としてメチルプロピルエーテル(Methyl-propyl-ether)とも呼ばれます。

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エトキシエテン(ethoxyethene)です。慣用名としてエチルビニルエーテル(Ethyl-vinyl-ether)とも呼ばれます。

この化合物の置換基はアルケン(アルケニル基)とエトキシ基です。エーテルと見なせばアルケン部分はビニル基となりますが、IUPAC命名法としてはエテンにエトキシ基が付いた「エトキシエテン」が推奨されます。

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2-メチル-3-ブテン-2-オール(2-methyl-3-buten-2-ol)です。

この化合物の置換基はアルケン(アルケニル基)、ヒドロキシ基、メチル基です。置換基の優先度を考えると、ヒドロキシ基>アルケン>メチル基なので、主鎖はヒドロキシ基の付いた炭素原子が最も若くなるように定めます。すると2位の炭素にヒドロキシ基とメチル基が存在するので、接頭語となる「2-メチル」と、接尾語となる「2-オール」が決まります。主鎖の長さは4なので語幹は「but-」となり、アルケニル基は3位の炭素にあるので「3-ブテン」が決まります。

以上よりこの化合物は「2-メチル3-ブテン2-オール」と名付けられます。2-メチル接頭語3-ブテン語幹部分2-オール接尾語となります。

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いかがでしょうか?

命名法は以上が基礎となります。ただ、言ってしまえばここまでは高校化学に少し毛の生えた程度のお話でしかありません。実用レベルの命名法をマスターするには分子の立体化学をしっかりと理解する必要があります。

事実、本節の初めの方で目標として掲げた化合物「(2Z,4E)-3-クロロ-2,4-ヘキサジエン」は、残念ながらここまでの知識だけではまだ命名できません。「(2Z,4E)」に相当する部分が立体化学に関わる部分であるためです。

次節では立体異性体について解説し、更に発展的な命名法を学びます。



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