大学の有機化学:骨格構造式を描くときのルール

大学の有機化学:
骨格構造式を描くときのルール

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✎骨格構造式とは?

炭素原子からなる炭素鎖を簡略化して官能基だけを明示した構造式を「骨格構造式」と通称します。有機化学では炭素鎖が骨格構造となるのでこのような名前で呼ばれることがあります。例えば、ε-カプロラクタムの骨格構造式は以下のようになります。

CやHを省略しないバージョンは以下のようになります。

これはちょっと手書きするのは面倒ですね。

 


✎骨格構造式のルールと表記例

このように、炭素に付加した水素を省略し、炭素鎖を折れ線で描いた構造式を「骨格構造式」(skeletal structural formula)と呼びます。(「骨格式」という名前で呼ばれることもありますが、あまり使う人はいないように思います)

例えば、「ヘキサンを描け」と言われたとき、この表記法によれば炭素鎖の画数が1画(!)なので、描く手間はほとんど掛かりません。

図.ヘキサンの骨格構造式

ただし、この記法には若干のルールがあります。

①直線の両端、および屈曲部には炭素原子が存在する

②すべての炭素には省略された価標の分だけ水素が結合している

③ヘテロ原子は省略しない

注意すべきものとしては以上の3つでしょう。因みに「ヘテロ原子」というのは「炭素、水素以外の原子」を指しています。例えば、酸素原子や窒素原子、ハロゲンなどがヘテロ原子に当てはまります。

他にも、炭素間三重結合は直線状になるように描く、などの決まりもありますが、とりあえずはこの記法に慣れてみましょう。

 

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まず、簡単な例を見てみます。3-クロロ-2-メチルペンタン(3-Chloro-2-methylpentane)は次のように書き表すことができます。

CやHを省略しなければ次のようになります。

画数が多く、手で描くのは面倒ですね。骨格構造式がいかに便利な表現であるかが分かると思います。

骨格構造式を用いれば、シクロヘキサン(cyclohexane)は次のように書き表すことができます。

もしくは、実際のシクロヘキサンの立体構造を考慮して、次のように表現することもあります。

余った価標の分だけ水素が結合しているという約束なので、シクロヘキサン分子の各炭素にはそれぞれ2個の水素が結合しています。炭素骨格だけの構造式では水素の個数を骨格の情報から読み取らなければならないので、少し慣れが必要です。

ただしこのように鳥瞰図的に描かれるのは6員環を含む分子の場合が大半で、4員環、5員環や、7員環以上になると平面的に図示される方が一般的です。アントラセンやコレステロールなどの多環式化合物も平面的に図示されることが多いです。

(例)コレステロールの骨格構造式

一方で、橋頭位炭素を有するノルボルネンやプロペランなどの化合物は平面的に描きようがないため、立体的に図示されます。

(例)ノルボルネンの骨格構造式

(例)[3.3.3]Propellane, 2-methylene- の骨格構造式

立体的に図示する際は、

・炭素間結合の角度

・どちらの結合が前面になるのか
(結合が見た目上重なる場合)

に注意しましょう。この例のように太線と点線はそれぞれ「紙面に対して手前側」、「紙面に対して奥側」という意味を持っています。これについて、次の項で詳しく説明します。

 


✎立体的に描こう

不斉炭素や橋頭位炭素が存在する場合は「紙面に対して手前側・奥側」という表現が用いられ、立体的な図示が求められます。

例えば、アンモニア分子は三角錐型の分子ですが、これを立体的に描くと以下のようになります。

このように破線の先が奥側、太線の先が手前側を表して立体感を表現しています。「紙面」というのは文字通り「紙」のことですが、イメージとしては以下のような平面のことを指しています。

このアンモニアの例では、NとHを含むある平面に関して手前側と奥側に位置する水素を区別して破線と太線で立体感を表現します。この表記法により、多種多様な有機化合物が表現できるようになります。四面体構造をイメージできるように描くのがコツです。ただし、普通は水素原子を省略するので、手前側/奥側の別が分かるような描き方ならOKです。以下に例を示します。

(例)(2R,3R)-2,3-ジヒドロキシ酪酸((2R,3R)-2,3-dihydroxybutanoic acid)

(例)[(3R)-3-hydroxybutyl] (2R)-2-hydroxybutanoate

 

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ここで少し注意点を指摘しておきます。炭素間の単結合は自由に回転可能なので太線で書いてある構造と破線で書いてある構造が実は同じだという場合があります。

例えば、メチルシクロヘキサンは以下の2通りの描き表し方がありますが、ひっくり返せばどちらも同じ分子であることが分かります。

この例のように、複数通りの表記があり得る分子は多数存在します。それに加えて、もし不斉炭素があれば、エナンチオマーかどうかも含めて見分ける必要が生じ、分子構造の空間把握がやや難しくなります。

因みに、メチルシクロヘキサンはこのような事情により、普通はメチル基の向きを区別せず、次のように表記されます。

 

 


✎骨格構造式を描いてみよう

高校までは炭素鎖を一直線に描いても特に怒られませんが、現実世界の炭素鎖は単結合によりジグザグに連なっています。これは炭素が作る「混成軌道」の方向性によるもので、炭素原子から見て正四面体の頂点方向に共有結合を伸ばすという性質があります(単結合の場合)。

(例)ヘキサン(Hexane)

ヘキサンの骨格構造式はジグザグの折れ線で表現されます。

大抵の骨格構造式がジグザグしているのは単結合の結合角を反映しているからなのです。また、このように表記することで炭素数が分かりやすくなるというメリットもあります。ジグザグの角度を120°くらいに描くと見た目の良い構造式が描けます。また、見にくくならないようにできるだけ横長に描く(主鎖を横長に描く)ことも意識して下さい。

幾つか骨格構造式の例を見ていきましょう。

(例)2-メチルブタン(2-Methylbutane)

 

(例)ペンタナール(Pentanal)

 

(例)(クロロメチル)(2-フルオロエチル)エーテル((Chloromethyl)(2-fluoroethyl) ether)

 


(例)N-メチルオキサン-4-アミン(N-Methyloxan-4-amine)

 

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ここで再度注意しておきますが、骨格構造式には

ヘテロ原子(=炭素、水素以外の原子)および、それと結合している水素原子は省略しない

というルールがあります。描くのを端折って良いのは炭素と、それに付いている水素だけです。

但し、水素を省略しない方が良い場合もあります。例えば、水素の結合方向によって立体配置が変わる場合は水素原子を明示しなければなりません。

(例)デカヒドロナフタレン(decahydronaphthalene)

図.シス体(左)とトランス体(右)

平面的な図なのであまり違いが無さそうに見えますが、立体的にはかなり大きく異なっています(下図)。水素の付き方によって異性体が生じる場合は水素原子を明示しましょう。

図.シス体(左)とトランス体(右)の鳥瞰図

 

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(例)2-クロロ-2-フルオロペンタン(2-chloro-2-fluoropentane)

不斉炭素をもつ化合物は四面体構造を意識して描く必要があります。

図.R体(上)とS体(下)

このとき、太線と破線の成す角は60°以下になるように描くことが推奨されています。不斉炭素の存在による異性体については「大学の有機化学:立体化学を知る(不斉炭素編)」を参照して下さい。

 

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また、骨格構造式に限らず構造式一般について、官能基や原子団は結合に関与している元素を実線で結ぶように描きましょう。

(例)2,4,6-トリニトロトルエン(2,4,6-trinitrotoluene)

(良い例)

(悪い例)

ニトロ基やアミノ基、スルホ基、メチル基などでよく見られるミスです。注意しましょう。

 


✎多重結合がある場合

多重結合をもつ分子でも基本的な取り扱いは同じです。シクロヘキサンをベンゼン環にするイメージです。

例えば、1,3-ブタジエンの骨格構造式は次のようになります。

以下のように描く人もいますが、あまり一般的ではありません。

非推奨の二重結合の例)

二重結合は二重線、三重結合は三重線で描けばよいので、あまり困る場面は無い気がします。ここでは、どうやって描けば良いのか悩ましい化合物を少し紹介しておきます。

(例)プロピン(Propyne)

アルキンは直線構造をとるので、構造式もそれに倣います。

 

(例)アレン(Allene)

2つの二重結合に挟まれた炭素は明示するのが基本です。

但し、アレンに限っては以下のような表記も許容されています。

※ 実際には ↓ のような分子構造をもっています。

 

(例)1-メチル-1-シクロヘキセン(1-Methyl-1-cyclohexene)

環内二重結合は内側に書く」というのはIUPACが推奨している記法です。以下のような描き方はやめましょう。

ダメな描き方の例)

 


以上、骨格構造式のルールを、例を交えて説明してきました。正しく骨格構造式が描けるということは有機化学の教養がそれなりにある、ということを意味します。レポート課題で間違った構造式を描いてしまうと、それだけで有機化学に対する学習姿勢に疑問を持たれかねません。正しい骨格構造式が描けることは有機化学を勉強する上で非常に重要です。

経済的に余裕があれば、分子構造模型セットを買って立体化学の勘を養うのも良いでしょう。大抵の有機系の研究室には置いてあると思いますので、先生にお願いすれば貸してくれるかもしれません。

基本となるのは描く練習です。実際に色々な構造式を見たり描いたりして慣れていきましょう!



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