「ボストン茶会事件」は本当に誤訳なのか

雑記Topに戻る

「ボストン茶会事件」とは

「ボストン茶会事件」とは、植民地時代に起こったアメリカ独立革命の象徴的事件の一つです。

1773年12月16日に、マサチューセッツ植民地の港町ボストンで、イギリス本国の植民地政策に憤慨した植民地人の急進派が、港湾に停泊中の貨物輸送船に侵入し、イギリス東インド会社の船荷である茶箱を海に投棄した事件です。

当時、イギリスの財政は度重なる植民地争奪戦争により疲弊しており、本国だけでなく植民地に対して重税を課そうとしていました(タウンゼンド諸法)。アメリカも例外ではなく、多くの輸入品に対して本国から関税を掛けられることになったため現地の人々は強く反発。結局、イギリスは茶税以外の課税を諦めます。

逆に言えば、イギリス本国は茶税を諦めようとはしませんでした。植民地時代のアメリカにおける紅茶はイギリス本国を代表する貿易品目であり、イギリスは新たな茶法を制定してイギリス東インド会社に植民地での茶の独占販売権を与えました。このようにしてイギリス政府は植民地から間接的に税金を搾り取ろうとしたのです。

これに対して現地の人々が黙っているはずもなく、大きな反対運動が起こりました。その末に起こったのが、この「ボストン茶会事件」でした。全部で342箱の茶箱が海に投げ捨てられたと伝えられており、東インド会社の損害額は100万ドル以上とも言われています。この事件をきっかけに、アメリカは独立戦争へと突き進んでいきます。

図.ボストン茶会事件を描いたリトグラフ(1846年)
(wikipediaより引用)

 

「ボストン茶会事件」が誤訳と言われる理由

日本では「ボストン茶会事件」と呼ばれ、世界史の教科書でもこの名で通っていますが、一部には「ボストン茶会事件」という名称が誤訳ではないかという指摘があります。

英語では “Boston Tea Party” と呼称されていますが、ここで言う “Party” は「催事」や「パーティー」のことではなく、「政党」や「徒党」の意味で用いられている “Party” である、というのが批判派の主張です。

確かに米国の民主党は “Democratic Party” ですし、共和党は “Republican Party” です。その意味で言えば “Boston Tea Party” とは「ボストンの茶党」を意味することになり、「ボストン茶党(事件)」という名称が本来であるということになります。

余談ですが、オバマ大統領の任期中に「Tea Party運動」と呼ばれる政治運動が盛んになったことがあります。これは「オバマケア」に代表されるアメリカの「大きな政府」路線に対する反対運動でした。この “Tea Party” は「ボストン茶会事件」に因んだネーミングで、”Tea” という単語は「もう税金はたくさんだ(Taxed Enough Already)」というダブル・ミーニングになっています。

 

 誤訳ではない可能性

歴史的に見れば、いわゆるボストン茶会事件が発生した当時、この一連の騒動は “Boston Tea Party” という名称では呼ばれていなかったとされています。”Boston Tea Party” という固有名詞が登場するのは60年以上後の1834年のことでした。それまでこの事件は “Destruction of the tea”(直訳すると「紅茶の破壊」)と呼ばれていたようです。(”The Shoemaker and the Tea Party” という書籍による)

実際には “Boston Tea Party” が、徒党を組んで茶を投棄するという行為に引っ掛けて、茶葉の浸かった港を丸ごと紅茶に見立てて馬鹿げた紅茶パーティーを開催した、というジョークの意味合いで名付けられたものと考えられます。そう考えると、誤訳という見解の根拠がやや薄れるのではないでしょうか。


雑記Topに戻る