【高校化学】電子配置と軌道はなぜ重要なのか

高校の理論化学:
電子配置と軌道はなぜ重要なのか

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(2021/06/22)事前にお断りしておきますが、「高校の理論化学」と題してはいるものの、かなり大学レベルの内容が含まれています。このページの解説は化学というより物理学の内容なので難しく感じられるかもしれませんが、ゆっくりで良いので正確に理解しておきましょう。

(2022/02/01追記)来年度から施行される新課程では、今まで発展的な話題扱いだった電子軌道が化学の内容に含まれることが予想されています。これは日本の化学教育の歴史の中でも重要な転換点と言えるかもしれません。

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 化学は「電子の科学」である

突然ですが、化学という学問分野は得てして「電子の科学」であると言えます。

なぜかというと、化学物質の様々な性質は電気的な相互作用によって発生しているからです。ここでいう様々な性質というのは、物質の形や構造、状態、液体への溶けやすさ、他の物質との反応のしやすさ、・・・など色々です。これらのほとんどは、電気的な相互作用、つまり電子がどのような状態にあるのかによって決まります。

電気的な相互作用を引き起こすためには電荷(あるいは分極)が必要です。電荷の最小単位は「電子」と「陽子」です。このうち、陽子は原子核の中に囚われており容易にあちこちへ飛んでいくことはできません。一方で電子は陽子に比べて非常に軽く、エネルギーさえ受け取ればあらゆるところへ飛んで行くことができます。

この電子の身軽さこそが化学の真髄と言っても過言ではないでしょう。有機化学も無機化学も、主要な反応にはすべて例外なく電子の存在による影響が反映されています。言い換えれば、電子の振る舞いさえ追えるようになれば化学が単なる暗記科目から好奇の対象に一変するはずです(ただし高校化学の範囲でこの境地に至るのはなかなか難しいことではありますが・・・)。

これは余談ですが、化学に苦手意識を持っている人が頑張って化学を克服しようとする場合、大きく分けて2パターンに分かれる傾向があります。

 

1つは、ひたすら重要語句や反応式、物質の性質など暗記しまくる方針です。暗記の得意な人にとってはさほど苦ではないかもしれませんが、普通に考えてこの勉強法は苦痛でしかありません。化学が苦手ならなおさらです。

 

もう1つが、化学の基本原理について一つずつ理解を積み上げて、残りはその応用で何とかするという勉強法です。この方法のメリットは、化学の知識が論理的かつ有機的に繋がることで知識の応用力を身に付けられる点です。もちろん、化学には覚えなければならないことも沢山ありますし、この方法ですぐに成績を上げるのは困難でしょう。しかし知識が相互に補完できるような勉強法を身に付けることは化学だけでなく、将来必要になる勉強という行為そのものの練習にもなります。

 

皆さんには是非、基本原理を一つずつ着実に理解していって化学マスターを目指して欲しいと思います。

 

 電子は「軌道」に入っている

電子は通常、原子核の周辺に分布していますが、完全に無秩序に存在している訳ではありません。原子には「軌道」(orbital) と呼ばれる電子の空間的な入れ物があり、電子はその「軌道」の中に納まって存在しています。

【高校化学】原子の構造のまとめ」のページの最後の方でも解説している通り、電子は完全な粒子としてではなく、雲のように空間的な広がりをもって存在しています。昔の化学者は電子が太陽系の惑星のように原子核の周りをある軌道(orbit)を描いて回っていると考え、”orbit的なもの” という意味で “orbital” と名付けました。しかし日本ではorbitalをorbitと全く同じ「軌道」と訳しており、教科書に載っている図の影響もあってか、「電子軌道」というと円周のようなものが連想されがちです。これは日本で教えられている化学の残念な点の一つと言えます。実際の電子は雲のように広がって分布しており、その確率的な分布のしかたが「軌道」という概念の意味するところなのです。

※軌道という概念の詳しい内容については大学の範囲になってしまうのでここでは説明しませんが、興味を持たれた方は「大学の有機化学:立体化学を知る(混成軌道編)」のページも参照してみて下さい。軌道の種類が分子の形に影響する理由を解説しています。

※以下では無用な混乱を避けるため、慣例にしたがって「軌道」という名称を使います。教科書によっては「オービタル」と呼んでいるものがあるかもしれませんが、同じものを指しています。

 

 電子配置とは

電子には「1つの軌道に電子は2つまでしか入れない」という性質があります。これは電子が「パウリの排他律」を満たす「フェルミ粒子」であることに起因しています。

※「パウリの排他原理」とも呼ばれますが、単なる和訳の問題なので、名称について特に神経質になる必要はありません。

パウリの排他律」とは「2つ以上の電子が同じ量子状態を有することはない」というものです。このパウリの排他律によって、電子殻中の電子はそれぞれ異なる「量子状態」をとっています。ここで言う「異なる量子状態」というのは、電子の状態を定義する「量子数」の組み合わせが異なることを指しています。素粒子の「量子数」には以下の4つがあります(高校の範囲ではないので覚える必要はありません)。

    • 主量子数 $n$(principal quantum number)
    • 方位量子数 $l$(軌道角運動量量子数、azimuthal quantum number)
    • 磁気量子数 $m_l$(軌道磁気量子数、magnetic quantum number)

※量子数にはさらに「スピン磁気量子数 $m_s$」と呼ばれる種類のものもあるのですが、電子の場合はすべて$1/2$なのでここでは考える必要がありません。

電子を格納する電子軌道は主量子数 $n$、方位量子数 $l$、磁気量子数 $m_l$ の3つによって指定されます。電子はこれらの値の組$(n,\,l,\,m_l)$が他の電子と被らないように、安定な軌道順に配置されていきます。こうした電子の詰まり方のルールは「フントの規則」と呼ばれる経験則としてまとめられています(フントの規則については後述します)。また、このルールにしたがって各軌道に電子が配置されたものを「電子配置」と呼びます。

例えば、炭素原子1個の電子配置は次のようになります。

図.炭素原子の電子配置

数字の$1$や$2$など電子殻の種類を指定するのが主量子数 $n$ で、$\mathrm{s}$とか$\mathrm{p}$などの軌道の形を指定するのが方位量子数 $l$ で、$x$とか$y$など軌道の向きを指定するのが磁気量子数 $m_l$ です。

例えば、主量子数$2$、方位量子数$1$の軌道をまとめて$\mathrm{2p}$軌道と呼び、$\mathrm{2p}_x$、$\mathrm{2p}_y$、$\mathrm{2p}_z$の異なる配向をもつ3つの軌道の磁気量子数はそれぞれ$-1$、$0$、$+1$となります。…ですが、高校の範囲では量子数について扱わないので、詳しくは立ち入りません。大学に入ってからのお楽しみに取っておきましょう。

フントの規則には色々な表現がありますが、簡潔に言えば「スピン多重度が最大の電子配置のエネルギーが最低である」というものです。

ここで「スピン多重度」について説明を加えておきます。電子には(形式的な)上向きスピンと下向きスピンの2状態が存在し、それぞれの状態に対応するスピン角運動量が$+1/2$、$-1/2$と定められています(これは物理学の定義です)。すべての電子のスピン角運動量の和を「全スピン角運動量」と呼び、通例$S$という記号で表現します。$S$は半整数なので $2S+1$ という整数値で分かりやすくしたものが「スピン多重度」という訳です。

「スピン多重度」は大学レベルの化学で扱われるものですが、フントの規則の説明のために紹介しました。

先ほどの炭素原子の電子配置の図からも分かる通り、すべての電子は「フントの規則」にしたがって、つまりスピン多重度が最大になるようにエネルギーの低い軌道から順に詰まっていっています。

図.スピン多重度の大きい方が安定

例で理解する方が分かりやすいかもしれません。電子配置①ではスピン多重度$S$が$3$で電子配置②では$1$です。フントの規則より、スピン多重度の大きい電子配置の方がエネルギー的に有利なので、炭素の電子配置は①に決まります。

以上のようにして各原子や分子の電子配置を決めることができます。

※普通、不対電子は上向きスピンの状態として描きます。以下のような描き方は不適当なので注意しましょう。

図.ダメな描き方

 

 電子配置はなぜ重要なのか

さて、本題の「電子配置はなぜ重要なのか」という点ですが、これには幾つかの理由があります。

電子配置を理解すれば、その原子が何本の結合を作るかが分かりますし、軌道の形を考えることで分子の構造を予測することも可能です。酸素分子が二重結合を作り、窒素分子が三重結合を作ることも電子配置から説明できます。これは単純な2原子分子や有機分子だけではなく、金属錯体の安定性や配位数にも関わってきます。遷移金属の$\mathrm{d}$軌道に何個の電子が存在するかによって錯体の配位環境が大きく異なります。

また、どの種類の軌道に電子が存在するのかを知ることで、分子の性質も予測できてしまいます。例えば、フッ素原子の電子配置は($\mathrm{[He] 2s^2 2p^5}$)であり最外殻電子は$\mathrm{2p}$軌道に存在します。また、ヨウ素原子の電子配置は($\mathrm{[Kr] 4d^{10} 5s^2 5p^5}$)であり最外殻電子は$\mathrm{5p}$軌道に存在します。同じ$\mathrm{p}$軌道であっても電子殻の大きさが異なっており、フッ素原子は分極しにくい(硬い)、ヨウ素原子は分極しやすい(柔らかい)、という性質の違いが電子配置から理解できます。

この宇宙には100を超える種類の元素がありますが、それらの性質の違いはすべて電子配置の違いに由来しています。結合のしかたや結晶構造のタイプ、分子の極性などほとんどの性質は電子配置と電子軌道によって定められていると言えます。化学という学問分野が「電子の科学」であるという認識は、今後化学の色々な単元や分野の知識を習得する上で最も基本的な見方となるでしょう。それゆえに、原子や分子の中の電子がどのような状態なのか=電子配置と軌道がどのようになっているのかが重要なのです。

 


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