化学の用語に関する小話です。
物質の三態
物質は気体・液体・固体の3つの相を持ち、これらをまとめて「物質の三態」と呼びます。高校の範囲では詳しく立ち入りませんが、これに加えて「超臨界流体」や「プラズマ」を第4、第5の物質の状態と見なすこともあります。
これらの相の間を行き来することを状態変化(相転移)と呼び、特に気体・液体・固体の3つの相を遷移する相転移は「1次相転移」とか「第一種相転移」などと呼ばれます。
模式図にまとめると次のようになります。
図.第一種相転移の模式図
気体から液体、液体から固体の相転移は日常的に見慣れているので比較的名前が覚えやすいと思います。化学的には気体と固体の間でも状態変化が起こることが知られています。これは一般的には「昇華」と呼ばれています。例えばヨウ素の昇華などはその代表でしょう。
「昇華」から「凝華」へ
日本の高校化学では固体から気体へ状態変化することを「昇華」と呼びますが、その逆の状態変化も昇華と呼んでいます。しかし英語圏においては、固体から気体への状態変化は “sublimation“、気体から固体への状態変化は “deposition” と別々の名前で呼ばれています。
日本の化学界でどちらの状態変化に対しても「昇華」という用語が用いられるようになった経緯についてはこちらの論談を参考にして頂くのが良いと思います。最近では、気体から固体への状態変化を昇華ではなく「凝華」(ぎょうか)と呼ぶことを推奨する動きが広がっています。「凝」という字は既に「凝縮」や「凝固」にも使われており、「こる・かたまる」といった意味を持つので適した用語だと思います。因みに、中国や台湾の教科書では「凝華」で通っているようです。
日本語ではどちらの状態変化も昇華と呼んでいるために「分かりにくい」とか「間違いやすい」と言われており、日本化学会にも高校化学の用語について色々と提案が相次いでいます。今は注釈付きですが、そのうち日本の教科書でも「凝華」という用語に置き換えられていくのではないかと期待しています。
他にも「凝縮」の意味で「凝結」という用語が使われることがありますが、理化学辞典には「凝結」の用語が掲載されているため、決して誤りとは言えません。管理人は、中学では気体→液体の変化を「凝結」と習いましたが、高校では教師から「凝縮」に訂正されて違和感を覚えた記憶があります。似た単語として、化学用語ではありませんが「凍結」や「氷結」などもあります(「氷結」は商標名なので混同の心配は無いでしょうが)。
このような用語の混乱は学習者にとって無用の面倒の元です。教科書によって用語がバラバラなのも教育上問題です。何かしらの統一された見解が示されることを願っています。
※参考資料①:高等学校化学で用いる用語に関する提案(1)
※参考資料②:高等学校化学で用いる用語に関する提案(1)への反応
(2021/09/28追記)
東京化学同人が発行する雑誌「現代化学」の2017年9月号(p62-63)にかねてからこの問題を提起されてきた細矢先生のコラムが掲載されています。この記事中で、英語圏では気体から固体への状態変化(凝華)に対応する用語としては “deposition” が用いられているが、最近ではドイツ語の “resublimation” に引きずられて “desublimation” という用語も登場している、と紹介されています。
(2022/04/25追記)
関係者の働き掛けの甲斐もあって、2022年から施行される新課程の化学の教科書では、遂に「昇華」の逆の状態変化を「凝華」とする記述が掲載されるようになりました。
いや
ありがたい。言葉一つ変えるにも大変なんですね