海を進む船の周囲には水がある。その水を、そのまま長い航海の飲み水にできるわけではない。大航海時代の船にとって、水の確保は積荷の一項目であると同時に、航路と滞在地を制約する条件でもあった。
水を積み、補給できる場所を探す
長い航海では、出航時に積んだ飲料と、その後の補給を組み合わせる必要がある。容器と船倉の空間には限りがあり、人数と航海日数が増えれば必要量も増える。食料や交易品を積む場所と、水のための場所は同じ船の中で競合する。
陸地が見えれば、必ず安全に補給できるわけでもない。水を得られる場所、船を寄せられる場所、現地の人々との関係がそろう必要がある。補給は航海の途中に付け足す雑用ではなく、航路そのものを成り立たせる仕事だったのである。
航海記に残る水の悪化
マゼランの航海に参加したピガフェッタは、太平洋を渡る間、長く補給できず、黄ばんで悪臭のする水を飲んだと記している。食料の劣化とともに水の状態が書き留められていることから、積んだ量だけでなく、保存中の品質も切実な問題だったことが分かる。
これは、その航海の厳しい局面を伝える証言である。すべての船が毎日同じ状態だったという統計ではない。航海の成功を地図上の線だけで眺めると見えない、補給の途絶えた時間が記録には残っている。
飲料の種類にも地域差がある
同じ時代のイングランド船メアリー・ローズについて、所蔵品を研究する博物館は、乗員へのビールの配給や士官のワインを紹介している。船上の飲料は真水一種類ではなく、地域の食文化と調達の仕組みにも関わっていた。
酒類を積んだ事実から、当時は水を一切飲まなかった、酒なら無期限に保存できた、と結論することはできない。船、時代、航路ごとに資料を読む必要がある。大洋を横断する技術を支えたのは帆や航法だけでなく、毎日消費する物資を見積もり、次の補給へつなぐ運用だったのである。
本稿では16世紀の航海記とイングランド船の資料を例にした。後世の海軍の配給制度を、大航海時代のすべての船へそのまま当てはめることはできない。
参考資料
- Antonio Pigafetta:Account of Magellan's Voyage(英訳)
- Mary Rose Museum:Five things on the menu on the Mary Rose
- Royal Museums Greenwich:Black Tudors and the sea
参考資料確認日:2026年10月14日。
