絵の下や裏に隠れた像は、赤外線反射撮影、X線撮影、元素の分布を調べる方法などを組み合わせて調査します。使う光やX線によって、絵具や下描きに対する通りやすさ・吸収のされ方が異なるからです。どんな作品でも下の絵が完全に透けるわけではなく、見える情報は材料と層の重なり方に左右されます。
「下にあるもの」には、いくつかの種類がある
隠れているのは、完成した別作品とは限りません。下地の上に引いた下描き、制作中に変更した手や顔、以前の絵を塗りつぶしたもの、キャンバスの裏に描いたものなどがあります。修復で後から加えられた絵具が、元の絵を覆っている場合もあります。何が見つかったのかを判断するには、層の位置関係と制作の記録が重要です。
最初に通常の光や斜めからの光で表面を観察すると、筆の凹凸、ひび割れ、不自然な輪郭などが手がかりになることがあります。その後に目的に合った撮影や分析を選びます。単に画像のコントラストを上げる処理だけで、全く記録されていない下層の情報を取り出せるわけではありません。

| 方法 | 得られやすい情報 | 主な限界 |
|---|---|---|
| 赤外線反射撮影 | 上の絵具を透過して届く下描きなど。炭素系の黒い線が見える場合がある | 顔料、層の厚さ、下地、波長で見え方が変わる |
| X線透過撮影 | X線の吸収差による絵具や支持体の像 | 表裏や複数の層の情報が重なり、深さを単独で分けにくい |
| 蛍光X線による元素マップ | 鉛・鉄・水銀などの分布 | 元素から顔料や色を一意に決められるとは限らない |
| 微小試料の断面観察 | 絵具の層の順序や厚さ | 試料採取が必要な場合があり、調べた点は限られる |
赤外線で下描きが見える理由
可視光では不透明に見える絵具でも、ある範囲の赤外線を通す場合があります。下地で反射して戻る光を赤外線に感度のある装置で記録すると、下にある材料の違いが見えることがあります。炭素を含む黒い描線は赤外線をよく吸収するので、反射する下地との明暗差として現れやすくなります。
ロンドンのナショナル・ギャラリーは、ファン・エイクの《アルノルフィーニ夫妻像》の赤外線調査を公開しています。下描きと完成画を比べると、顔や手足の位置などが変更されたことが分かります。これは別の完成作品を発見したというより、制作の途中で構図を調整した痕跡を読んだ事例です。
一方、赤外線を通しにくい層が厚く重なる場合や、下描きと下地で十分な吸収差がない場合は、線が見えません。画像に下描きが現れなかったことだけで、「下描きが存在しない」と断言することはできません。また、熱画像を撮ることと、美術調査の赤外線反射撮影は同じではありません。
X線で見えるのは、吸収の違い
X線撮影では、作品を通り抜けたX線の分布を記録します。鉛や水銀などを含む顔料、金属の釘、支持体などは、それぞれ異なる吸収を示します。鉛白を多く使った形が、現在見えている輪郭とは別の位置に現れれば、下の像や描き直しを調べる手がかりになります。
ただし、X線写真は通常、光が通った経路上の複数の層を重ねた画像です。表の顔と裏の顔、木目や釘が同時に写ることもあり、見える輪郭を一つの絵として読むには注意が必要です。X線の吸収は色そのものを測っているわけではないので、白黒像から元の色をそのまま復元することもできません。
ゴッホの「隠れた自画像」は、キャンバスの裏側
スコットランド国立美術館群は2022年、《農婦の頭部》(1885年)のX線調査で、ゴッホの自画像とほぼ確実に考えられる像を発見したと発表しました。公式報告では、像は同じキャンバスの裏側にあり、糊と厚紙に覆われていたと説明されています。表の絵具の下に別の完成画が塗り込められた、という事例とは区別が必要です。
覆いを取り除いて実物を露出させることは、X線で像を確認することとは別の保存上の判断です。表の作品を傷めない方法を検討する必要があり、「見つかったからすぐ剥がす」とはなりません。ここでは2022年の発見報告に基づく調査例を紹介しており、その後の処置が完了したとは述べていません。
複数の証拠を合わせて、制作の履歴を読む
元素分布、赤外線像、X線像、絵具の微小断面、来歴や同じ画家の別作品を合わせると、単独の画像では難しい解釈が進みます。それでも全ての層や色が分かるとは限りません。科学調査は、目に見えない情報を増やす方法であり、作者の意図や作品の真贋を一枚の画像だけで自動的に決める装置ではないのです。
参考資料
- National Gallery「Infrared」
- National Gallery「X-rays」
- Billinge・Campbell「The Infra-red Reflectograms…」National Gallery Technical Bulletin16(1995)
- National Galleries of Scotland「Hidden Van Gogh self-portrait discovered」(2022)
- Legrandほか「Examination of historical paintings by state-of-the-art hyperspectral imaging methods…」Heritage Science(2014)
資料確認日:2026年10月2日
