共通する誤りは、同じ元本から来た手掛かりになる
同じ本を何度も手で写すと、文字の取り違え、行の脱落、語順の入れ替わりなどが生じます。その誤りを後の写しも引き継ぐと、写本同士の関係を推定する手掛かりになります。本文の異同から伝わり方を調べ、系統図を考える方法が、本文批判やステンマ研究の一部です。
ただし、一つ同じ間違いがあれば、すぐ親子関係が決まるわけではありません。別々に同じ間違いをすることも、複数の本を見比べて写すこともあります。誤りの起こり方と、ほかの読み、年代、書物の構造を合わせて検討します。
なぜ「正しい同じ文」より、誤りが手掛かりになるのか
正しい文が同じであるだけなら、二冊とも原文を忠実に写しただけかもしれません。一方、珍しい一節の脱落や、不自然な語順などを共通して持っていれば、同じ段階で生じた変化を受け継いだ可能性を考えられます。独立に起きにくい共通の変化ほど、関係を示す証拠として重要になります。
例えば、写本AとBだけに同じ一行の脱落があり、Cにはその行があるとします。AとBの共通の元本で一行が抜け、その後に両方へ伝わった、という仮説を立てられます。ただし、AからBを直接写した場合も、失われた中間の写本を経た場合もあり、これだけで細かな経路は決まりません。

実際の研究例:ルクレティウスの詩
古代ローマのルクレティウスの『事物の本性について』は、写本の系統研究で知られる例です。研究では、ライデンのOblongus(O)やQuadratus(Q)などの写本を比較し、現存しない共通の祖本と、その後の枝分かれが論じられてきました。『Handbook of Stemmatology』も、この伝承を具体例として扱っています。
この作品では、本文の一部の順序が入れ替わって伝わる現象から、元になった本の葉が外れ、向きを違えて戻されたという物理的な経緯も検討されています。つまり個々の単語だけでなく、「まとまった長さの文章がどう移動したか」も証拠になります。現存しない本についての再構成であるため、原物を見て確認した事実と、異同から導いた推論を区別する必要があります。
多数決で原文を決められない理由
ある誤りを持つ一冊から九冊が写され、別の系統の正しい一冊だけが残ったとします。十冊を単純に数えると九対一ですが、九冊は同じ一回の誤りを繰り返している可能性があります。現存冊数の多さと、独立した証拠の多さは同じではありません。
このため、どの写本がどの系統に属するかを考えた上で読みを比較します。ただし、少数の読みが常に正しいわけでもありません。一冊だけの変な表現が、その写し手の誤りである場合もあります。文法、韻律、語法、文脈などの検討が必要です。
系統図が一本の木にならない場合
写し手がAの本文を基本にしつつ、分からない箇所をBで直したなら、一冊が複数の系統の特徴を持ちます。このような混交は、単純な枝分かれの図を難しくします。現代の研究でも、混交をどうモデル化するかは重要な課題として扱われています。
さらに、書き手が明白な誤りを自力で直せば、あるはずの共通の誤りが消えることがあります。同じ語尾を見て途中を飛ばすような脱落は、別々に起こる場合もあります。共有された読みをすべて同じ重さで数えるだけでは、歴史的な関係を取り違えるおそれがあります。
調べたいのは、失われた原文だけではない
共通祖本を推定できても、それが著者自身の原稿と同じとは限りません。祖本の時点ですでに誤りや注釈の混入があった可能性があります。また、複数の改稿版が存在した作品では、どの段階を復元したいかという編集の目的も重要です。
研究者は異同を隠して一つの本文へまとめるだけでなく、採用しなかった読みや判断の根拠を校異欄などに示します。写本の「家系図」は、正解を自動的に出す装置ではなく、残された証拠から本が伝わった経路を説明する、検証可能な仮説です。誤りもまた、昔の人の手の動きを伝える歴史資料になります。
関連する雑記
参考資料
- Roelli編:Handbook of Stemmatology
- Ventura:Textual traditions and early prints(大学機関リポジトリ)
- McGing:The beginning and end of Appian’s Mithridateios(ルクレティウスの葉の転置例への言及)
- Hoenen:混交を扱う計算ステンマ研究
資料確認日:2026年10月2日
