1.2 学問としての数論
前節では入試数学で出てくる「整数問題」について長々と書きましたが、整数問題とは何も受験生を苦しめるためだけに存在している訳では断じてありません。むしろ整数の世界とは奥ゆかしく、神秘に満ちた領域であり、21世紀に入ってもなお未知の事象で溢れているのです。
人間が初めて発見した「数」は自然数です。1、2、3、・・・と指で数えることから数学は始まりました。これはまだ「算数」でしかありませんが、その後、文明が発達し数字や文字が生まれたことで、それまでの「算数」は「数学」というより高度な学問へと発展しました。
古代エジプトや古代ギリシャの時代から「幾何学(geometry)」と並んで盛んに研究されてきた数学の一領域が「数論(number theory)」です。その歴史は何と数千年にも及ぶのです。ニュートンとライプニッツにより微分積分学が興されたのが17世紀と300年程度しか経っていないことと比べても、その歴史の長さを感じ取ることができると思います。
しかし現代の教育数学の中では「整数」よりも「微積」の方が幅を利かせているようです。皆さんも高校時代の数学の授業を思い出せば理解できるのではないでしょうか。微分積分の計算や公式の暗記をひたすらやった記憶はあるのに、整数問題となるとしっかり勉強した記憶はあまり無いと思います。これはいったい何故でしょうか?
数論は微分積分学よりも歴史が長いはずなのに、学校教育ではウェイトが低い理由。それは即ち、
「数論は役に立たない」
からでしょう(笑)。
一応、誤解が無いように断っておきますが、数論は全く世の中の役に立っていない訳ではありません。インターネットに必要不可欠な暗号技術は数論の成果であり、これが無いと現代社会は成り立ちませんし、数論は今この瞬間も日進月歩の勢いで発展を遂げている「アツい」学問なのです。しかし、例えば微分積分は様々な学問に応用できるため産業・工業の発達に多大な貢献をしてきた分野であり、数論と微分積分ではどちらが現代社会の役に立っているかと尋ねられたら間違いなく微分積分の圧勝でしょう。
それでは数論を学ぶ意義とはどこにあるのでしょうか?
私見ではありますが、それは
「数学の素朴な面白さを楽しめること」
にあるのではないでしょうか。
数学の面白さを楽しめるようになるのは大学受験を経験した程度では達成が難しいかもしれませんが、数論を学ぶことによって少なくとも、数学という学問の内部にある様々な分野間の繋がりを体感できるのではないかと思います。もちろんこれは数論に限った話ではありません。どんな学問も深く掘り下げていくと思いがけないところで全く違う学問分野の知識が結びついたり、時には必要になったりすることがあります。
数学の場合、数論は「役に立たない」領域だからこそ自由な発想、自由な試みが生まれやすく、より面白いと感じられるのだと思います。そして、よく分かっていないことや誰も知らないことがゴロゴロしている深遠な世界に案内する役目を負っているのが件の「整数問題」なのだと思ってみて下さい。数論とは「分からないこと」を楽しむ機会を与えてくれる、大変ありがたい学問なのです。
以上は個人的な意見ですが、ここまでの内容がよく分からなかったという方もいらっしゃるでしょうから、そうした人向けに次のページにおまけの文章を付けておきました。参考までに。