【宇宙化学入門】宇宙の分子はどう見つかる?スペクトルと氷の化学

対象:高校化学からの発展/前提:分子、光の波長、化学反応

宇宙の雲まで行って試料を採取しなくても、水や一酸化炭素などの分子を調べられます。手掛かりは、物質が吸収したり放出したりする光です。化学で学ぶ分子の構造とエネルギー準位が、天体を観測する道具になります。

✎分子が吸収・放出する光を読む

分子には電子状態だけでなく、振動や回転に関するエネルギー準位があります。二つの準位の差がΔEなら、対応する光の振動数はν=ΔE/hです。原子の種類、結合の強さ、分子の形が違えば、準位の並びも変わります。測定済みのスペクトルと天体の観測を比べ、候補となる分子を探せます。

ただし、一つの波長が近いだけでは十分ではありません。複数の線の位置、強度の関係、別の分子による重なり、天体の速度によるドップラーシフトなどを調べます。存在しそうな分子の線を一つ見つけたことと、分子の同定が確かになったことは区別します。

この内容を詳しく確かめる:国立天文台ALMA:銀河系の果てに多様な有機分子を発見。

✎最も多い分子が、最も観測しやすいとは限らない

分子雲の主成分であるH₂は永久双極子モーメントを持ちません。そのため電気双極子による純回転遷移では強い線を出さず、冷たいガスを通常の電波観測で直接追うのは容易ではありません。一方、COの回転線は利用しやすく、分子ガスを調べる代表的な手掛かりになります。

COの明るさからH₂の量を推定するときは、COとH₂の関係、光学的厚さ、温度や密度などの仮定が必要です。「見える分子の量」と「雲全体の質量」は、同じ測定値ではありません。

✎冷たく希薄な場所で反応が起こる理由

低温では大きな活性化障壁を越える反応が遅くなりがちです。それでも、障壁の低いイオン–分子反応、光や宇宙線に関係する過程、微小な塵の表面での反応などが進みます。地上のフラスコでよく使う中性分子同士の衝突だけを想定すると、宇宙の化学を見落とします。

塵の表面へ原子や分子が吸着すると、表面で出会い、反応エネルギーを塵へ渡せる場合があります。H₂形成や氷の成長を考える際にも表面が関わります。表面を動けるか、反応する前に脱離するかなどは、温度や物質ごとに異なります。

✎氷を透過した光から成分を調べる

背景の星の光が氷を含む雲を通ると、氷中の分子が特定の赤外線を吸収します。NASAが紹介したWebbのカメレオン座I分子雲の観測では、水をはじめ、アンモニア、メタン、メタノールなどに対応する氷の成分が調べられました。気体の鋭い回転線とは異なり、固体中の相互作用を受けた吸収帯を実験室のデータと比較します。

有機分子が検出されても、それだけで生命が存在する証拠にはなりません。有機化合物は生命を介さずに形成されることもあります。観測から分かるのは、まずその環境の物質と化学過程についてです。

この内容を詳しく確かめる:NASA:Webb Unveils Dark Side of Pre-stellar Ice Chemistry。

✎例題:周波数のずれを見積もる

静止した実験室で100.000GHzにある仮想的な線が、天体では99.990GHzに見えたとします。視線速度が光速より十分小さい場合、後退速度はv≈c(ν₀−ν)/ν₀で見積もれます。相対的なずれは0.010/100.000=1.0×10−4なので、c≈3.0×105km/sを使うと約30km/sです。

数値は計算用です。実際の観測では地球の運動や基準速度系などを補正します。この近似を光速に近い速度へ適用することはできません。

✎確認問題

線が検出されなかったら、その分子は存在しないと結論できる?

できません。量が少ない、遷移が励起されていない、観測感度が足りない、観測範囲に適切な線がないなどの可能性があります。観測条件から検出上限を評価します。

同じ分子の線でも、別の天体では周波数がずれるのはなぜ?

天体との相対運動によるドップラーシフトが原因となり得ます。複数の線が同じ速度に対応してずれるかを確かめると、同定の検証にもなります。

関連:赤外分光による構造解析、温度と反応速度。

数値例と確認問題は学習用に作成しています。本文の近似条件を確認して利用してください。