【生化学入門】酵素は反応をどう速める?活性化障壁と飽和を考える

対象:高校化学から大学初年級/前提:反応速度、化学平衡、分子間相互作用

体温付近でも多くの化学反応が進むのは、酵素が反応を触媒しているためです。では、酵素は反応のエネルギーを供給しているのでしょうか。反応が速くなる理由と、反応が進む向きを区別して考えます。

✎酵素が変えるのは反応経路

多くの酵素はタンパク質で、基質が結合する活性部位を持ちます。触媒作用を示すRNAもあります。活性部位では、基質の向きをそろえる、酸や塩基としてプロトンを受け渡す、一時的な共有結合を作る、金属イオンを介して電荷を安定化するなど、反応ごとに異なる働きが組み合わさります。

反応を速くするには、基質が結合するだけでなく、反応物から遷移状態へ達する自由エネルギーの障壁を下げる必要があります。基質だけを極端に安定化しても、そこから先の障壁が下がるとは限りません。

この内容を詳しく確かめる:OpenStax Biology 2e, 6.5:Enzymes。

✎平衡定数は触媒の有無では変わらない

同じ温度・反応・標準状態なら、反応の標準自由エネルギー変化と平衡定数は触媒の有無で変わりません。酵素は逆向きの反応にも影響し、平衡へ近づく速度を変えます。細胞内で一方向への流れが続くのは、生成物が別の反応で使われる、基質が供給される、別の反応と共役するなどの条件もあるからです。

ATPの加水分解と別の反応が共役する場合は、二つを合わせた反応の自由エネルギー変化を考えます。酵素が単独で熱力学的な制約をなくしているわけではありません。

✎基質を増やしても速度が頭打ちになる

単純な一基質反応の模型をE+S⇌ES→E+Pと書きます。Eは酵素、Sは基質、ESは複合体、Pは生成物です。一定量の酵素に対して基質が少ないときは、基質濃度を上げると複合体を作りやすくなります。基質が十分多く、酵素の多くが反応過程に関与する状態では、さらに基質を加えても速度は比例して増えません。

逆反応を無視できる初速度の範囲で、定常状態近似などの条件が成り立てば、ミカエリス–メンテン式を使えます。

v₀=Vmax[S]/(KM+[S])

Vmaxはこの模型での最大速度、KMはv₀=Vmax/2となる基質濃度です。酵素が同じ活性を保つなら、Vmax=kcat[E]totalと書けます。

この内容を詳しく確かめる:IUPAC Gold Book:Michaelis–Menten kinetics。

✎例題:基質濃度を9倍にする

仮想的な酵素でKM=2.0mmol/L、Vmax=12µmol L−1min−1とします。[S]=2.0mmol/Lでは速度は6.0µmol L−1min−1です。[S]を18mmol/Lにすると12×18/(2.0+18)=10.8となります。基質を9倍にしても速度は1.8倍です。

この結果は、基質が増えても酵素が失活したという意味ではありません。限られた酵素量による飽和で説明できます。ただし実際には基質阻害などを示す酵素もあり、すべてがこの式に従うわけではありません。

✎温度・pH・阻害剤の影響

温度を上げると素反応の速度は増すことがありますが、酵素の構造や安定性も変わります。測定される最適温度は、反応時間や測定条件にも依存します。pHは活性部位や基質の電離状態を変え、触媒に必要な形の割合を変えます。

競争阻害の単純な模型では、基質と阻害剤が同時には結合できず、見かけのKMが増えます。十分高い基質濃度で近づくVmaxは変わりません。この特徴を、不可逆な失活や他の阻害機構へそのまま当てはめることはできません。

✎発展:KMは結合の強さそのものか

上の模型ではKM=(k−1+kcat)/k₁です。一方、単純な結合解離定数はKd=k−1/k₁です。生成物への反応が解離より十分遅い場合には近づきますが、一般には同じ量ではありません。「KMが小さいから必ず強く結合する」と言い切る前に、どの模型が使えるか確認します。

この内容を詳しく確かめる:IUPAC Gold Book:Michaelis constant。

✎確認問題

酵素量を2倍にすると、同じ基質濃度で初速度はどうなる?

ほかの条件と酵素の比活性が保たれ、単純な模型が使えるならVmaxが2倍となり、初速度も2倍です。KMは変わりません。

酵素を加えて生成物が増えたら、平衡定数が大きくなった?

そうとは言えません。観測時間内に平衡へ近づく速度が増した可能性があります。平衡組成の変化と、到達時間の変化を区別します。

関連:定常状態近似、自由エネルギーと平衡。

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