スズ(Sn):青銅器から電子基板のはんだへ

元素の世界:索引

スズは銅を青銅に変え、鉄板をめっきで守り、電子部品をはんだでつなぎます。古代の材料革命と現代の電子機器をつなぐ元素です。

Sn|原子番号50|スズ
第5周期・第14族の金属。比較的低い温度で融け、合金や表面被覆に広く利用されます。

見てみよう:姿・色・三態の変化

室温の白スズは銀白色で柔らかい金属です。低温で安定な灰スズは灰色でもろく、電気的には半導体の性質を示します。冷やすと同じスズが別の結晶へ変わり、体積が増えて崩れる現象が錫ペストです。

左が白スズ(β型)、右が灰スズ(α型)。いずれも高純度のスズです。
左が白スズ(β型)、右が灰スズ(α型)。いずれも高純度のスズです。
画像:Alchemist-hp (talk) (www.pse-mendelejew.de) / Sn-Alpha-Beta.jpg(Wikimedia Commons) / CC BY-SA 3.0 de。Commons掲載版の縮小画像。元画像の加工・合成に関する記載は出典をご覧ください。
項目 状態・温度
20℃・約1気圧 固体
融点の目安(白スズ) 約231.9℃
沸点の目安 約2586℃
三態の見取り図 融点より低温で固体、融点と沸点の間で液体、沸点より高温で気体(約1気圧・平衡状態の目安)

温度は純物質の代表値を読みやすく丸めています。約1気圧を基本とし、同素体・純度・圧力で値は変わります。融解や沸騰の境界では二つの相が共存します。

同素体と原子の並び方

白スズはβ型、灰スズはα型です。純スズでは約13.2℃が両者の安定性の境目です。境目を下回った瞬間に粉になるわけではありません。結晶が生まれるきっかけ、時間、不純物や合金成分が進行を左右します。

出典:英国王立化学会(RSC):スズの基本物性・発見史

出典:メリーランド大学:錫ペスト

同位体の分布:原子核の違いを読む

天然同位体は10種類あり、元素の中でも多彩です。¹²⁰Snが最も多く、¹¹⁸Snや¹¹⁶Snが続きます。α・βという同素体の区別と、¹²⁰Snなどの同位体の区別は、それぞれ原子の並びと原子核の違いを表します。

同位体は、陽子の数が同じで、中性子の数が異なる原子です。次はCIAAWの2024年版にある代表組成、または試料間で認められる範囲です。割合は質量ではなく原子の個数で表します。

同位体 代表的な割合・範囲(原子数%)
112Sn 0.97%
114Sn 0.66%
115Sn 0.34%
116Sn 14.54%
117Sn 7.68%
118Sn 24.22%
119Sn 8.59%
120Sn 32.58%
122Sn 4.63%
124Sn 5.79%

割合は近似値です。測定の不確かさは表では省略し、原資料に示されています。範囲の上下端は異なる試料の値で、上下端どうしを足して100%にするものではありません。100%の表記でも、特殊な環境や人工試料まで他核種が存在しないという意味ではありません。

出典:CIAAW:Isotopic Compositions of the Elements 2024

発見の歴史:青銅が広げた交易

スズは古代から知られ、銅と合わせた青銅が道具や武器、祭器の材料になりました。銅の産地とスズの産地は一致するとは限らず、遠距離の交易が材料の供給を支えました。合金をつくる技術は、採掘地と消費地を結ぶ経済活動も広げました。

歴史を読む:ナポレオンのボタンと「錫ペスト」

1812年、ナポレオン軍はロシアへ進み、モスクワからの撤退で甚大な損害を受けました。この遠征には「寒さで軍服のスズ製ボタンが粉になり、服を閉じられなくなった」という化学の逸話が結び付いています。ここで興味を引くのは、金属がさびるのとも、融けるのとも違う理由で崩れるという点です。

白スズから灰スズへの変化では、スズ原子はスズ原子のままです。原子の並び方が変わり、体積が増え、材料がもろくなります。建物の骨組みを別の形に組み直すような変化が、物質の内部で起こるのです。酸素と結び付いてできるさびとは、仕組みが違います。

材料の変化を歴史へ当てはめるには、もう一段の調査が必要です。ボタンの材質は何か、不純物や合金成分はどれだけあるか、どの温度にどれほど長くさらされたか。実物の分析と当時の記録を照らし合わせます。錫ペストは実在する現象です。その現象が、ある遠征でどの程度起きたかは別の問いになります。この二つを分けて考えると、科学と歴史の両方が面白くなります。

ナポレオン軍の敗因を錫ペストと断定する史料的根拠はありません。ボタン崩壊を裏付ける目撃記録がないことも指摘されています。本記事では、この話を確定した戦史ではなく、材料科学から史料を検討する題材として扱います。

出典:メリーランド大学CALCE:錫ペストと変態速度

出典:Lars Öhrström:Bonaparte’s Bursting Buttons(2013)

出典:米国化学会C&EN:スズの物性とボタン逸話の検証

性質:接合と表面保護

スズを主成分とするはんだは、電子部品と基板を電気的・機械的につなぎます。銀や銅などを加え、融ける温度や接合の耐久性を調整します。鉄板にスズをめっきしたブリキは、薄い鋼板の強さと表面の性質を組み合わせた材料です。

具体例:平らな窓ガラスをつくる

フロート法では、融けたガラスを融けたスズの上に広げて平らな板にします。液体の表面を成形の道具として使う発想です。電子回路の小さな接合部から大きな窓まで、スズの融点と界面の性質がものづくりを支えています。

具体的な用途と製品

製品・用途 使われる形 性質と役割
電子基板 スズを主成分とするはんだ 部品を接合し電流を通す
缶などの鋼板 スズめっき 表面を保護する
板ガラスの製造 溶融スズ浴 ガラスを平らに成形する

主な産地と供給網

主要鉱石はスズ石です。中国、インドネシアなどのアジアの生産国に加え、南米にも鉱山があります。インドネシアは2024年の大きなスズ供給国です。採掘した精鉱を製錬し、地金やはんだ材料として国際取引します。

資源貿易と地政学

電子機器の接合では材料の純度と信頼性が重要で、供給元の変更にも品質確認を要します。採掘地の環境管理や原料の追跡も取引条件になります。製造工程のはんだくずや使用済み機器からの回収は、新規採掘への依存を下げる手段です。

金属スズ、無機スズ化合物、有機スズ化合物は性質と有害性が異なります。過去の用途と現行の使用条件を区別します。

出典:英国王立化学会(RSC):スズの発見史・性質

出典:USGS:インドネシアのスズ生産(2024年)

出典:USGS:中国の鉱物生産(2024年)

資料確認:2026年10月。資源統計の対象年は各出典に記載しています。

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