対象:高校化学から大学初年級/前提:電子、エネルギー、光の波長
蛍光ペンが明るく見えることと、光で分子の形が変わることには、共通の出発点があります。分子が光を吸収し、エネルギーの高い状態になることです。ただし、吸収した分子がすべて光るわけでも、すべて反応するわけでもありません。
✎光子一個のエネルギー
光の振動数をν、波長をλとすると、一個の光子のエネルギーはE=hν=hc/λです。hはプランク定数、cは真空中の光速です。波長が短いほど光子一個のエネルギーは大きくなります。光の明るさと、光子一個のエネルギーは別の量です。
分子の光吸収では、光子のエネルギーに合う状態間の遷移が起こります。しかしエネルギーが合えば必ず強く吸収するわけではなく、遷移の起こりやすさにも規則があります。電子遷移には振動状態も関係するため、溶液の吸収スペクトルは幅を持つことが多くなります。
✎吸収した後には複数の行き先がある
通常の閉殻分子を例に、基底一重項状態をS₀、最低励起一重項状態をS₁、最低三重項状態をT₁と書きます。一重項・三重項は電子スピンに関する分類です。励起状態の分子は、光を出す、光を出さずにエネルギーを失う、別の分子へエネルギーや電子を渡す、化学反応する、といった経路で変化します。
| 過程 | 代表的な見方 |
|---|---|
| 蛍光 | 同じスピン多重度の状態間の発光。典型例はS₁からS₀ |
| 内部転換 | 同じ多重度の電子状態間で、光を出さずに移る |
| 項間交差 | 多重度の異なる状態へ移る。典型例はS₁からT₁ |
| りん光 | 異なる多重度の状態間の発光。典型例はT₁からS₀ |
| 光化学反応 | 結合や分子の立体構造などが変わり、生成物を生じる |
表は典型的な分子の模式的な分類です。蛍光とりん光は単に「すぐ消える光」「長く残る光」という時間だけの区別ではありません。遅延蛍光などもあります。
この内容を詳しく確かめる:IUPAC Gold Book:fluorescence・IUPAC Gold Book:phosphorescence。
✎発光が吸収光より長波長になる理由
吸収直後の分子は、振動エネルギーの緩和や溶媒の再配向などによってエネルギーの一部を周囲へ渡すことがあります。その後に光を出して戻れば、放出する光子のエネルギーは吸収時より小さくなり、発光は長波長側に現れます。これがよく見られるストークスシフトの説明です。
例えば400nmの光子は約4.97×10−19J、500nmでは約3.97×10−19Jです。400nmを吸収して500nmを放出する仮想的な過程では、差の約1.0×10−19Jが別の形へ移ったことになります。すべての発光に同じ波長差があるわけではありません。
✎明るさを比べるには量子収率も必要
蛍光量子収率は、吸収した光子数に対する蛍光として放出した光子数の比です。励起状態からの経路を単純な一次過程で表せる場合、蛍光速度定数kfを、蛍光・内部転換・項間交差などの速度定数の総和で割ると、蛍光の分岐割合を表せます。非放射過程が速くなれば、同じ吸収量でも蛍光は弱くなり得ます。
量子収率0.30の試料が10,000個の光子を吸収したなら、平均的には3,000個の蛍光光子が出ます。試料へ入射した光子をすべて吸収したとは限らないので、分母に入射光子数を無条件に使わないようにします。
この内容を詳しく確かめる:IUPAC Gold Book:quantum yield。
✎光反応は加熱とどう違うか
加熱では熱的な状態分布が変わります。光吸収では特定の励起状態へ移れ、その状態での結合や反応経路が基底状態と異なる場合があります。アルケンなどの光異性化は、その具体例です。光を当てれば常に望む生成物だけが得られるわけではなく、逆反応や失活との競争を考えます。
✎確認問題
同じエネルギーの光を照射するとき、400nmと800nmでは光子数はどう違う?
800nmの光子一個のエネルギーは400nmの半分なので、同じ総エネルギーなら光子数は2倍です。
よく吸収する分子なら、必ずよく光る?
いいえ。吸収した後に非放射過程や反応へ進む割合が大きい場合、蛍光は弱くなります。吸収の強さと蛍光量子収率を分けて考えます。
数値例と確認問題は学習用に作成しています。本文の近似条件を確認して利用してください。
