こんにちは。pencilです。
14日の朝、名古屋大学の伊丹ラボがカーボンナノベルトの合成に遂に成功したというニュースが入ってきました。本来であれば昨日のうちに記事にすべきでしたが残念ながら間に合いませんでした。有機化学を専攻していない方には何となく凄そうという感想しか無いかもしれませんが、これは世界初の偉業です。話題のカーボンナノベルトについて少しお話しさせて頂きます。
伊丹教授の経歴
名古屋大学の伊丹健一郎教授の経歴を簡単にご紹介しておきます。
1996年 京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻修士課程
1997年 スウェーデン、ウプサラ大学留学
1998年 京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻博士後期課程修了
1998年 京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻 助手
2005年 名古屋大学物質科学国際研究センター 助教授
2005年 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究員「構造制御と機能」領域
2008年 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻化学系 教授
2012年12月〜(現在)名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長(兼任)
2013年10月〜(現在)科学技術振興機構 ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括(兼任)
伊丹健一郎教授はポリフェニル化合物(簡単に言うと、ベンゼン環が沢山結合した有機化合物のこと)に関するマイクロ合成化学の反応開発を主なテーマとして研究なさっており、今回のカーボンナノベルトの合成の成功は、有機分子をボトムアップ的に合成するという伊丹教授の研究における重要な成果の一つと位置付けられます。
カーボンナノベルトの凄さ
化学を専攻している人でも、なぜカーボンナノベルトの合成がそこまで凄いのか分からない人も多いのではないでしょうか?この点についても簡単にご説明しましょう。
有機化学には炭素(元素記号は「C」)がこれでもかというほど登場します。有機化学の教科書で炭素が登場しないページは前書きと目次くらいのものでしょう。炭素は有機化学にとってそれだけ欠かせない元素なのです。Cが無いと有機化合物の骨格が作れませんからね。当然と言えば当然です。有機化合物中では炭素原子同士が共有結合によって鎖や環を作っていますが、CーC結合を生成するのは非常に困難なのです。これはCとCの間に極性の偏りが無く安定であり、炭素同士の反応性が低いことに起因しています。そのため、置換基や官能基の無い状態からいきなりCーC結合やC=C結合を作ることは非常に難しく、特にベンゼンのような対称性が高く、しかも安定な化合物の場合、位置選択的にピンポイントで結合を作ることが極めて困難なのです。
ですから大学の有機化学で学ぶグリニャール反応や鈴木クロスカップリング、ディールス・アルダー反応などの炭素間結合を作る反応は非常に価値が高いのです。化学を専攻している人はちゃんと勉強しておきましょう。試験に出ますよ(笑)。
合成スキーム
今回、伊丹研で合成に成功したカーボンナノベルトの合成スキームは以下の通りです。
途中でスキームを省略している部分はありますが、こんなものが実際に作れるのか~!とただただ驚くばかりです。ベルトと聞いて真横一列にベンゼン環が並んで丸まった構造をイメージした方もいるのではないでしょうか(現に私もその一人です)。実際のベルトの構造には凹凸があります。これは実はカーボンナノベルトを作った後のためにこういう構造にしているのです。
カーボンナノベルト自体は1950年代には理論的に存在が示唆されていましたが、世界中の化学者は合成できずにいました。カーボンナノベルトの合成に成功した今、今後の伊丹研の目標は「純粋なカーボンナノチューブを作ること」であり、今回合成に成功したカーボンナノベルトを縦に積み上げて筒状にすることで純粋なカーボンナノチューブを作ろうというのです。これが実現すれば日本の有機化学界は更に世界の最先端を行くことになります。
「純粋なカーボンナノチューブ」と聞いて、おや、と思った方もいるかもしれませんが、現在知られているカーボンナノチューブというものは実は純粋ではないのです。レーザー照射などによるトップダウン的な合成ではカーボンナノチューブのみを取り出せず、グラフェンやフラーレンなど他の炭素化合物との混合物でしかないのです。そのため化学的性質や物理的性質もこれらの炭素化合物の混合物としての平均値としてしか調べることができません。カーボンナノベルトの合成の成功により、純粋なカーボンナノチューブの性質の研究への道筋が見えてきたことにも、今回の発表には大きな意義があると言えます。
研究室の動画も
以下の動画はカーボンナノベルトの構造をX線構造解析により確かめて同定た際の伊丹研究室の様子です。公開されていたのでリンクさせて頂きました。
伊丹教授はレゴブロックでモノを作る感覚で有機化合物を作るのが幼い頃からの夢だったようで、それが今回の世界をリードする偉業に繋がっているようです。皆さんも幼い頃からの夢をただの空想といって捨て去ってしまうことの無いようにして欲しいと思います。
伊丹研では今回のカーボンナノベルトの合成に先駆け、以前から誰も成功したことがないような炭素化合物の合成に次々に成功しています。今回の成功により更に様々な炭素化合物の合成が実現することでしょう。今後ますます炭素化合物の化学が脚光を浴びることは間違いありません。