「摂動論」は量子力学を学んだことのある人ならば、一度くらいは聞いたことがあると思います。今回は教科書等で導出が省略されたり演習課題に回されたりするなど、まともに解説している文献の少ない2次の摂動論について備忘録を残しておきます。
摂動論の考え方摂動論に関する諸注意
「摂動論」はシュレディンガー方程式を解くための道具だと認識している方も多いかもしれませんが、何もシュレディンガー方程式だけを相手にしている訳ではありません。摂動論は近似解を簡単な原理で導くことができる方法の一つであり、実は二次方程式や三次方程式の解を求める際にも利用できます。「実は」なんて書きましたが、原理を考えればあっさり納得できると思います。
分かりますさ優先で説明しますと、摂動論のコンセプトは、厳密に解が求められない方程式を、厳密解$x$を与える方程式 $f(x)=0$ に(大抵は微小な)摂動$\varepsilon$を与えた新しい方程式$$f(x)=\varepsilon$$と見なす、というものです。
例えば二次方程式の場合で説明すると、$$x^2+x-6=0$$という方程式は $x=2,-3$ という厳密解を与えますが、$$x^2+x-6=0.01$$だと話が変わってきます。これを$$x^2+x-6=\varepsilon$$と置き、新たな解を$$x=x_0+\varepsilon x_1+ \varepsilon^2 x_2 + \cdots$$と置いて近似しよう、というものです。これを新しい方程式に代入し、摂動$\varepsilon$に関する恒等式として各係数を導出することで近似解を求めます。
シュレディンガー方程式では複素関数$\psi_n^{(m)}$が解となりますので少し様子は違いますが、摂動論の基本的な精神は共通です。
シュレディンガー方程式の場合
シュレディンガー方程式$$\hat{H}\psi=E\psi\tag{1.0}$$においてハミルトニアンの摂動を考え、$$\hat{H’}=\hat{H}_0+\lambda\hat{H}\tag{1.1}$$と置きます。ここで$\lambda$は摂動パラメータであり、$\lambda<1$ を満たしています。さらに$\lambda$による級数展開である$$\psi_n=\psi_n^{(0)}+\lambda \psi_n^{(1)}+\lambda^2 \psi_n^{(2)}+\cdots\tag{1.2}$$及び$$E_n=E_n^{(0)}+\lambda E_n^{(1)}+\lambda^2 E_n^{(2)}+\cdots\tag{1.3}$$を$(1.0)$式に代入すると、$$\small \begin{align} & (\hat{H}_0+\lambda\hat{H})(\psi_n^{(0)}+\lambda \psi_n^{(1)}+\lambda^2 \psi_n^{(2)}+\cdots) \\ &=(E_n^{(0)}+\lambda E_n^{(1)}+\lambda^2 E_n^{(2)}+\cdots)(\psi_n^{(0)}+\lambda \psi_n^{(1)}+\lambda^2 \psi_n^{(2)}+\cdots) \\ \tag{1.4} \end{align}$$となります。これを展開し、$\lambda$に関する恒等式と見なします。$2$次の摂動まで考慮し、$\lambda^2$までの項について両辺で係数比較すると、満たすべき関係式は以下のようになります。
$$\small \begin{cases} \hat{H}_0\psi_n^{(0)} = E_n^{(0)}\psi_n^{(0)} \\ \hat{H}_0\psi_n^{(1)}+\hat{H’}\psi_n^{(0)} = E_n^{(1)}\psi_n^{(0)}+ E_n^{(0)}\psi_n^{(1)} \\ \hat{H}_0\psi_n^{(2)}+\hat{H’}\psi_n^{(1)} = E_n^{(2)}\psi_n^{(0)}+ E_n^{(1)}\psi_n^{(1)}+ E_n^{(0)}\psi_n^{(2)} \end{cases} \tag{1.5}$$
$\psi_n^{(0)}$の規格直交性を駆使してこれらの連立方程式を解くのですが、以下では$0$次の厳密解が求められており、$1$次の近似解は既に得られているものとして$2$次の近似解を求めていきます。$1$次の近似解を与える手順は様々な参考文献に載っているので必要に応じて参照してください($1$次の近似解の導出に関しても要望があれば別の記事にするかもしれません…)。
$2$次のエネルギー項$E_n^{(2)}$を求める
$(1.5)$式の第$3$式より、
$$\small \hat{H}_0\psi_n^{(2)}+\hat{H’}\psi_n^{(1)} = E_n^{(2)}\psi_n^{(0)}+ E_n^{(1)}\psi_n^{(1)}+ E_n^{(0)}\psi_n^{(2)}$$ $$\small \therefore (\hat{H}_0-E_n^{(0)})\psi_n^{(2)} = E_n^{(2)}\psi_n^{(0)}+ (E_n^{(1)}-\hat{H’})\psi_n^{(1)} \tag{1.6}$$を得ます。これに対して波動関数$\psi_n^{(2)}$を$0$次の解の線形結合で近似して$$\psi_n^{(2)}=\sum_{k}c_{nk}^{(2)}\psi_k^{(0)} \tag{1.7}$$と置くと、$$\small \therefore (\hat{H}_0-E_n^{(0)})\sum_{k}c_{nk}^{(2)}\psi_k^{(0)} = E_n^{(2)}\psi_n^{(0)}+ (E_n^{(1)}-\hat{H’})\psi_n^{(1)} \tag{1.8}$$となります。$(1.8)$式の両辺に${\psi_n^{(0)}}^{\ast}$を左側から掛けると、左辺は$$\small {\psi_n^{(0)}}^{\ast}(\hat{H}_0-E_n^{(0)})\sum_{k}c_{nk}^{(2)}\psi_k^{(0)}$$となります。$n \ne k$ のとき${\psi_n^{(0)}}^{\ast}$と$\psi_k^{(0)}$は直交するから積分値はゼロとなり、左辺を積分すると$$\small \bra{\psi_n^{(0)}}(\hat{H}_0-E_n^{(0)})c_{nn}^{(2)}\ket{\psi_n^{(0)}}$$の項のみが残ることになります。しかし$$\small \bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H}_0\ket{\psi_n^{(0)}}=E_n^{(0)}$$及び、$$\small \bra{\psi_n^{(0)}}E_n^{(0)}\ket{\psi_n^{(0)}}=E_n^{(0)}\braket{\psi_n^{(0)}}{\psi_n^{(0)}}=E_n^{(0)}$$ですから、左辺の値は結局ゼロになります(※$E_n^{(0)}$は定数なのでブラケットの前に出せます)。
次に右辺を調べましょう。$1$次の波動関数を$0$次の解の線形結合で表し$\psi_k^{(0)}$の係数が既知であるとして、$$\small \psi_n^{(1)}=\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\psi_k^{(0)} \tag{1.9}$$を$(1.8)$式に代入して$$\small E_n^{(2)}\psi_n^{(0)}+ (E_n^{(1)}-\hat{H’})\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\psi_k^{(1)} \tag{1.10}$$を得ます。これに${\psi_n^{(0)}}^{\ast}$を左側から掛けて積分すると、$$\small \begin{align} & \ \ \ \ \bra{\psi_n^{(0)}}E_n^{(2)}\ket{\psi_n^{(0)}}+ \bra{\psi_n^{(0)}}(E_n^{(1)}-\hat{H’})\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\ket{\psi_k^{(0)}} \\ &= E_n^{(2)}+E_n^{(1)}\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\delta_{nk}-\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}} \\ &= E_n^{(2)}+E_n^{(1)}c_{nn}^{(1)}-\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}} \tag{1.11}\end{align}$$となります。ここで$3$項目のシグマの中には $k=n$ となる項もあるため、この項は第$2$項と打ち消し合います。したがって左辺がゼロであることと合わせると、$$\small E_n^{(2)}=\sum_{k \ne n}c_{nk}^{(1)}\bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}}\tag{1.12}$$を得ます。また、$1$次の近似によって求めた波動関数の係数は$$\small c_{nk}^{(1)}=\dfrac{\bra{\psi_k^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}}{E_n^{(0)}-E_k^{(0)}} \tag{1.13}$$と表せる(ここでは既知としています)ので、$$\small E_n^{(2)}=\sum_{k \ne n}\dfrac{\left|\bra{\psi_k^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}\right|^2}{E_n^{(0)}-E_k^{(0)}}\tag{1.14}$$と求めることができます。勿論、添え字の順序を揃えるなら先頭に負号が付くことになります。
$2$次の波動関数の係数$c_{nk}^{(2)}$を求める
$(1.8)$式の両辺に${\psi_m^{(0)}}^{\ast}$を左側から掛けて積分すると、左辺は$$\small \begin{align} & \ \ \ \ \bra{\psi_m^{(0)}}(\hat{H}_0-E_n^{(0)})\ket{\sum_{k}c_{nk}^{(2)}\psi_k^{(0)}} \\ &= \sum_{k}c_{nk}^{(2)}\left(\bra{\psi_m^{(0)}}\hat{H}_0\ket{\psi_k^{(0)}}-E_n^{(0)}\braket{\psi_m^{(0)}}{\psi_k^{(0)}}\right) \\ &= c_{nm}^{(2)}(E_m^{(0)}-E_n^{(0)}) \tag{1.15}\end{align}$$となります。また、右辺は$$\small \begin{align} & \ \ \ \ \bra{\psi_m^{(0)}}E_n^{(2)}\ket{\psi_n^{(0)}}+ \bra{\psi_m^{(0)}}(E_n^{(1)}-\hat{H’})\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\ket{\psi_k^{(0)}} \\ &= E_n^{(2)}\braket{\psi_m^{(0)}}{\psi_n^{(0)}}+E_n^{(1)}\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\delta_{mk}-\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\bra{\psi_m^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}} \\ &= 0+E_n^{(1)}c_{nm}^{(1)}-\sum_{k \ne n}c_{nk}^{(1)}\bra{\psi_m^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}} \tag{1.16}\end{align}$$となります($c_{nn}^{(1)}=0$ です)。$(1.16)$式はさらに$(1.13)$式、及び$$E_n^{(1)}=\bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}$$を用いて、$$\small \begin{align} & \dfrac{\bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}\bra{\psi_m^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}}{E_n^{(0)}-E_m^{(0)}}-\sum_{k \ne n}\dfrac{\bra{\psi_k^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}\bra{\psi_m^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}}}{E_n^{(0)}-E_k^{(0)}} \\ & \tag{1.18} \end{align}$$と表せます。よって$(1.15)$式より、$$\small \begin{align} & c_{nm}^{(2)} \\ &=-\dfrac{\bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}\bra{\psi_m^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}}{(E_n^{(0)}-E_m^{(0)})^2}-\sum_{k \ne n}\dfrac{\bra{\psi_k^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_n^{(0)}}\bra{\psi_m^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}}}{(E_m^{(0)}-E_n^{(0)})(E_n^{(0)}-E_k^{(0)})} \\ & \tag{1.19} \end{align}$$と求められます。
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最後に係数$c_{nn}^{(2)}$を求めます。$\lambda^2$の項に関する規格化条件は$$\small \braket{\psi_n^{(2)}}{\psi_n^{(0)}} + \braket{\psi_n^{(1)}}{\psi_n^{(1)}} + \braket{\psi_n^{(0)}}{\psi_n^{(2)}}=0$$となりますから、$$\small c_{nn}^{(2)} + \braket{\psi_n^{(1)}}{\psi_n^{(1)}} + c_{nn}^{(2)}=0$$ $$\small \therefore c_{nn}^{(2)}=-\dfrac{1}{2}\braket{\psi_n^{(1)}}{\psi_n^{(1)}}$$ $$\therefore c_{nn}^{(2)}=-\dfrac{1}{2}\sum_{k \ne n}\dfrac{\left|\bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}}\right|^2}{(E_n^{(0)}-E_k^{(0)})^2}\tag{1.20}$$を得ます(詳しい計算過程は補遺の項を参照してください)。
補遺
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$\braket{\psi_n^{(1)}}{\psi_n^{(1)}}$の計算について
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$$\small \begin{align}\ \ \ \ \ & \braket{\psi_n^{(1)}}{\psi_n^{(1)}} \\ &=\braket{\sum_{k}c_{nk}^{(1)}\psi_k^{(0)}}{\sum_{j}c_{nj}^{(1)}\psi_j^{(0)}} \\ &=\sum_{k}\sum_{j}c_{nk}^{(1)}c_{nj}^{(1)}\delta_{kj} \\ &=\sum_{k}(c_{nk}^{(1)})^2 \\ &=\sum_{k \ne n}\dfrac{\left|\bra{\psi_n^{(0)}}\hat{H’}\ket{\psi_k^{(0)}}\right|^2}{(E_n^{(0)}-E_k^{(0)})^2} \end{align}$$
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$\braket{\psi_n^{(2)}}{\psi_n^{(0)}}$の計算について
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$$\small \begin{align}\ \ \ \ \ & \braket{\psi_n^{(2)}}{\psi_n^{(0)}} \\ &=\braket{\sum_{k}c_{nk}^{(2)}\psi_k^{(0)}}{\psi_n^{(0)}} \\ &=\sum_{k}c_{nk}^{(2)}\delta_{kn} \\ &=c_{nn}^{(2)} \end{align}$$→$\braket{\psi_n^{(0)}}{\psi_n^{(2)}}$の計算も同様
(2021/12/25:スタイル変更)
摂動論は何をやっているか分かりにくいと言われがちですが、やっていることはある既知の解を用いて解を近似することだけです。摂動法や変分法が分からない人は
①式変形がよく分からない
(ブラケット表示に慣れていない)
②原理がそもそも分かっていない
(何を目的とした式変形なのか説明できない)
の2タイプに大きく分けられると思います。よく分からないから放っておく、のではなく、どこが分かればよいのかを客観的に把握しましょう!
本稿では、読者の皆さんがブラケット表示を用いた式変形をマスターしているものとして解説しましたが、実際はどうなのでしょうか?(^_^;)
よく分からないからこのページを見てみたけど、やっぱりよく分からなかった、と言われてしまうと悲しいものがありますね・・・(笑)