pHはなぜ0から14までなのか(pHの疑問いろいろ)

pH(水素イオン指数)は溶液がどのくらい酸性・塩基性(アルカリ性)なのかを測る指標として用いられます。なぜpHは0から14までなのか?酸性溶液を希釈してもpHは7を超えないのはなぜか?中性水溶液のpHはなぜ7なのか?今回はこうしたpHに関する素朴な疑問を解消していきましょう!

 

 pH(水素イオン指数)とは?

pH(「ペーハー」、「ピーエイチ」と読む)とは、「水素イオン指数」のことであり、水素イオン濃度を$[\mathrm H^{+}]$として$$\color{red}{\mathrm {{pH}=-\log _{10}[H^{+}]}}$$で定義される値を指します。$\require{mhchem}$

図.pHの目盛(pH scale)

定義の通り、pHは対数なので、pHが1だけ変化すると桁が変わります。例えば、pHが1だけ増えると水素イオン濃度は10分の1になります。水と胃液ではpHの差が6なので、胃液は水に比べて$10^6$倍、つまり$100$万倍も酸性度が強いことが分かります。pHが対数値だというのはよく認識しておく必要があります。

※pHは$\log$にマイナスを掛けた値なので、pHが増えると酸性度が下がる(=水素イオン濃度は減少する)ということはしっかり覚えておきましょう。

このpHという考え方は、1909年にデンマークの化学者セーレン・セーレンセン((丁)1868~1939:Søren Peter Lauritz Sørensen)によって提案されました。セーレンセンは、タンパク質から作られる酵素について研究しており、これらの酵素の働きと水素イオン濃度の関係を調べるために pH scale というものを考案しました。

※ “scale” は英語で「ものさし」の意味です。

 

 pHに関する法則(水のイオン積)

水溶液中の水、$\ce{H2O}$ は自己分解によって次のようにある程度電離した状態になっています。$$\mathrm{H}_{2} \mathrm{O} \rightleftharpoons \mathrm{H}^{+}+\mathrm{OH}^{-}$$このとき、水素イオン濃度と水酸化物イオン濃度の積が一定に保たれるという法則が成り立ちます。これは水溶液一般に対して成り立ちます。このことから、次のように「水のイオン積 $K_{\text{w}}$」が定義できます。$$\begin{align} K_{\text{w}}&=[\mathrm{H^{+}}][\mathrm{OH^{-}}] \\ &= 1.0 \times 10^{-14}\ [(\text{mol/L})^{2}] \end{align}$$という値になり、pHで表示すると$$\mathrm{pH+pOH}=14$$と表現されます。中性の水溶液では水素イオン濃度と水酸化物イオン濃度は等しいので、$[\mathrm{H^{+}}]=[\mathrm{OH^{-}}]$ です。これより、$$[\mathrm{H^{+}}]^2 = 1.0 \times 10^{-14}$$ $$\therefore [\mathrm{H^{+}}] = \sqrt{1.0 \times 10^{-14}}=1.0 \times 10^{-7}$$となるので$$\mathrm{pH}=-\log _{10}(1.0 \times 10^{-7})=7$$と求められます。このことから、中性の水溶液のpHは$7$になるのです。

ただし、この計算は25℃という温度条件でしか成立しないことに注意して下さい。水のイオン積は以下の表に示すように温度によって大きく変動します。

表.水のイオン積 $K_{\text{w}}$ の温度依存性

温度 $\text{p}K_{\text{w}}$
0 °C 14.95
25 °C 13.99
50 °C 13.26
75 °C 12.70
100 °C 12.25

受験勉強が進んでくると $K_{\text{w}} = 1.0 \times 10^{-14}$ というのが常識だと思い込みがちですが、これはあくまでも25℃という温度でしか正しくありません。例えば、100 °C の純水のpHはおよそ$6.14$となるので、100 °C でpHが$7$の水は弱いアルカリ性になります。

一般に、高温になればなるほど分子は激しく動き回ろうとします。これを乱雑さの増大と言います。より専門的には、エントロピーが増大する方向に平衡が偏る、と言い換えられます。こういうときは分子やイオンの個数(つまりモル数)が増えた方が、この効果を上げることができます。つまり高温になればなるほど分子は解離(この場合は電離)してイオンになろうとするのです。その結果、温度が上がるにつれて水素イオン濃度$[\mathrm{H^{+}}]$と水酸化物イオン濃度$[\mathrm{OH^{-}}]$は大きくなります。

実際、$$\begin{align} \text{p}K_{\text{w}} &=\text{pH+pOH} \\ &=-\log_{10}[\text{H}^{+}]-\log_{10}[\text{OH}^{-}] \end{align}$$となるので、$\text{p}K_{\text{w}}$が小さくなるということは$[\text{H}^{+}]$や$[\text{OH}^{-}]$の値が大きくなるということを意味しています。つまり、温度が上がるとpHは小さくなる($-\log_{10}[\text{H}^{+}]$ が小さくなる)のです。

これが「中性の水溶液ならpHが$7$とは必ずしも言えない」ことの大きな理由です。

※普通、こうした議論では、現実世界と比較するとかなり理想化された環境を想定しています。現実には若干量の$\text{CO}_{2}$が水溶液に溶けているので、液性はやや酸性寄りになります。また、基本的には標準状態(温度25℃、圧力1気圧)が想定されており、水の蒸発や蒸気圧などの影響は全く無視されています。

※水溶液以外にも pH$7$ なら中性、とは言えない場合が考えられます。化学的には「水酸化物イオンが全く存在しない一方でプロトンの濃度は $10^{-7}\ [\text{mol/L}]$ である」という極端な溶液も考えられるので、全ての場合について常に「pHが7だから中性」と言えるわけではありません。ただ、中学や高校の範囲ではこのようなプロトン供与体が過剰に存在する溶液を考慮する必要は基本的にありません。

 

 水のイオン積 $K_{\text{w}}$ が $1.0 \times 10^{-14}$ となる理由

水の可逆的なイオン化の平衡定数$K_{\mathrm{eq}}$は、化学平衡の法則に基づいて次のように定義することができます。$$K_{\mathrm{eq}} = \dfrac{\left[\mathrm{H}^{+}\right]\left[\mathrm{OH}^{-}\right]}{\left[\mathrm{H}_{2} \mathrm{O}\right]}$$純水の場合、温度25℃(298K)の水のモル濃度は $55.5\,[\text{mol/L}]$ であり、電気伝導度測定により求められる平衡定数は温度25℃(298K)において $1.8 \times 10^{-16}\,[\text{mol/L}]$ となります。したがって、$$\begin{align} \left[\mathrm{H}^{+}\right]\left[\mathrm{OH}^{-}\right] &= K_{\mathrm{eq}}\left[\mathrm{H}_{2} \mathrm{O}\right] \\ &= (1.8 \times 10^{-16}\,[\text{mol/L}]) \times (55.5\,[\text{mol/L}]) \\ &= 99.9 \times 10^{-16} [(\text{mol/L})^{2}] \\ &\approx 1.0 \times 10^{-14} [(\text{mol/L})^{2}] \end{align}$$となるので、水のイオン積 $K_{\text{w}}$ は $1.0 \times 10^{-14}\,[(\text{mol/L})^{2}]$ と求められます。

水の濃度が $55.5\,[\text{mol/L}]$ であることは $1$リットル中の水分子のモル数を考えることで求められます。水溶液$1$リットル$\fallingdotseq 1000$グラムと考え、水の分子量 $18.0\,[\text{g/mol}]$ で割れば $55.5\,[\text{mol/L}]$ という値が得られます。電気伝導度により求められる平衡定数の値は実験値です。つまり $1.0 \times 10^{-14}\,[(\text{mol/L})^{2}]$ というのは人類が勝手に決めた値ではありません。

上の方で、pH scale はデンマークの化学者セーレン・セーレンセンによって発明されたと説明しました。彼は中性条件で水のpHが7に近いことに着目して、このような表現を思い付いたと言われています。純水のイオン積 $K_{\text{w}}$ が25℃で $1.0 \times 10^{-14}$ となるのも純水のpHが25℃でちょうど$7$になるのも単なる偶然という訳です。自然の為せる業ですね。

嘆かわしいことに中学校や高校(もしかしたら大学でも?)の授業ではこうした事情が全く説明されないということが頻繁に起こっています。そのためか、水の pH=7 という偶然の関係を絶対視してしまう学生(もしかしたら教師も??)が大量発生してしまっている状況です。教科書の出版社が悪いと言えばそれまでですが・・・。化学を指導する立場の教員にはこの辺りの知識について是非とも丁寧に教えてあげてもらいたいところです。

なお、先程も述べた通り、これらの計算は25℃という温度条件の下でしか成立しません

 

 薄め続けると塩基性になる!?

pHが$5$の塩酸があったとします。これに純水を加えて10倍に希釈すると、pHは$6$になります。これを10倍に希釈すると、pHは$7$になります。さらに10倍に希釈すると、pHは・・・

$7$のままです!

このような問題を考えた経験が無い人は、pHが$7$の水溶液をさらに薄めるとpHがどんどん上がっていく、というような勘違いをしてしまいがちです。

しかし、そもそも(中性の)水で薄めるという操作で溶液が塩基性になったり酸性になったりすることはあり得ません。炭酸入浴剤を入れたお風呂に水を足していくと液性がどんどん塩基性に変わっていく、というのは恐怖でしかありません(笑)。


それでは、これを化学的に説明してみましょう。そもそも「pHが$5$の塩酸」の中には塩化水素$\mathrm{HCl}$水$\mathrm{H}_{2} \mathrm{O}$が入っています。この塩酸の大部分の水素イオン(プロトン)は$\mathrm{HCl}$に由来するものですが、これが $1.0 \times 10^{-8} \,[\text{mol/L}]$ に薄められたと仮定しましょう。温度は25℃とします。

この時点で、pHが$8$になった、と短絡的に考えてはいけません。「pHが$5$の塩酸」の中には$\mathrm{HCl}$の他に$\mathrm{H}_{2} \mathrm{O}$も入っているからです。つまり、この水溶液中では次の2種類の電離が起きています。$$\mathrm{HCl} \to \mathrm{H}^{+}+\mathrm{Cl}^{-}$$ $$\mathrm{H}_{2} \mathrm{O} \rightleftharpoons \mathrm{H}^{+}+\mathrm{OH}^{-}$$ $\mathrm{HCl}$は強酸なので完全に電離しています。一方で、$\mathrm{H}_{2} \mathrm{O}$はどの程度電離しているか分かりません。そこで、水に由来する水素イオンの濃度を $c\,[\text{mol/L}]$ と置きます。このとき、溶液全体の水素イオン濃度は $(1.0 \times 10^{-8}+c)\,[\text{mol/L}]$ と表せます。水酸化物イオンは水素イオンと同じだけ電離しているので、溶液全体の水酸化物イオン濃度は $c\,[\text{mol/L}]$ となります。

これらの値を水のイオン積の式に代入してみると、次の関係式が得られます。$$(1.0 \times 10^{-8}+c) \times c=1.0 \times 10^{-14}$$これは$c$についての二次方程式になっているので、これを$c$について解くと、$$c \fallingdotseq -1.05125 \times 10^{-7} ,\quad 9.51249 \times 10^{-8}$$を得ます。$c$は正の値なので$$c \fallingdotseq 9.5 \times 10^{-8}\,[\text{mol/L}]$$となります。これより、溶液全体の水素イオン濃度$\left[\mathrm{H}^{+}\right]_{\text{total}}$は$$\begin{align} \left[\mathrm{H}^{+}\right]_{\text{total}} &= (1.0 \times 10^{-8}+9.5 \times 10^{-8}) \\ &= 1.05 \times 10^{-7} \,[\text{mol/L}] \\ &\fallingdotseq 1.1 \times 10^{-7}\, [\text{mol/L}] \end{align}$$と求められます。したがって「pHが$5$の塩酸を1000倍に希釈した溶液」のpHは$$-\log_{10}(1.1 \times 10^{-7})=6.9586…$$となります。$7$に非常に近い値ですね。

間違っても「pHは$8$!」などと即答しないように・・・。

 

 負のpH、14以上のpHはあり得る?

結論から言うと、あり得ます

一般的な教科書にはpHが0から14までの数直線で描かれることが多いですが、本当にpHは0から14までの値しか取らないのでしょうか?この点には大いに疑問の余地があります(最近の教科書は0や14の先に矢印を伸ばして誤魔化しているものも増えてきましたが)。

事実として、アメリカ合衆国のカリフォルニア北部に位置するアイアンマウンテンのリッチモンド鉱山では、自然界で産生する最も酸性度の高い水が排出されています。黄鉄鉱が水分と酸素にさらされると硫酸が生成し、極めて強い酸性を示すことが知られています。90年代初頭に採取された鉱山排水のサンプルは何とpHが $-3.6$ だったそうです。

また、純粋な濃塩酸の場合は $-1$ 程度のpHになり、水酸化ナトリウム水溶液の場合は $15$ 程度のpHになることもあります。理論的には、pHスケールの範囲は負の無限大から正の無限大になります。ただ、このことをきちんと説明している教科書はあまり見当たりません。

因みに、ほとんどの市販のpHメーターではpHが0から14くらいまでしか測れません。大抵は測定にガラス電極を用いるのですが、極端に酸性・塩基性が強いと電極が化学的に変質してしまうので、そもそも測定が不可能です。また、リトマス試験紙や万能試験紙を含むほぼ全てのpH試験紙の測定範囲は0から14程度です。そのような実験面での事情から、教科書に載っているpHスケールの範囲はおよそ0から14に収まっています。中央値である中性のpHが7であることも理由の一つと言えるでしょう。

pHを測定できるのは水が十分にある系に限り、十分なオキソニウムイオン$\ce{H3O+}$が存在しなければpHを正確に測定することはできません。また、非常に高い濃度の溶液や、有機溶媒を含む溶液ではpHの測定値が酸性度や塩基性度を正しく評価できません。そのため、硫酸のような強酸や、水酸化カリウムなどの強塩基に対しては、pHを酸性度の尺度とするよりもモル濃度で考える方が便利です。

余談ですが、超酸(Superacid)においては溶媒そのものが極度に強い酸・塩基であることによる水平化効果が現れるため、pHをまともに考えることができません。そのため、pHの考え方を拡張した「ハメットの酸度関数」を用いて議論されます。例えば、超酸の一つであるカルボラン酸ではpH換算で $-18$ と測定されています。

さらに、100%の硫酸よりも $2 \times 10^{19}$(2000京!)倍強い酸と言われるフルオロアンチモン酸($\ce{HF6Sb}$)ではpHにしておよそ $-31$ にもなります。フルオロアンチモン酸はあらゆる化合物を溶かしてしまうので、専用の特殊な容器で保存する必要があります。


 

pHは化学の中でも結構つまずきやすいポイントですよね。pHに関するあれこれを解説してきましたが、少しでも皆さんの疑問解消に貢献できていれば嬉しいです!

“pHはなぜ0から14までなのか(pHの疑問いろいろ)” への3件の返信

  1. 高校のとき化学で勉強したはずだけど忘れてしまいました。
    なぜ14までなのか?
    モル濃度によってそうなるんですね。
    でも今、読んでももう頭にはいりません
    マイナスがあるのは知りませんでした。

    仕事上、弗酸を扱ったことがありますが、pH-31のものがあるとは恐れ入りました。

    酸を薄めてもアルカリにならないのは、塩水はいくら薄めても甘くならないということで理解できます。

  2. 米酢の希釈によるPHの変化が知りたくてこのサイトにたどり着きました。0~14のみならずー31から超強烈な酸が地球上にあるんですね、興味深い。また、酸を薄めてもアルカリにならないのは、塩水はいくら薄めても甘くならないという表現、理系でなくても一発でわかる表現で有難いコメントでした。

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