ホルムズ海峡をめぐる現在の軍事的・経済的危機は、もはや単なる「中東の紛争」では片付けられない状況と化している。これは世界のエネルギー供給網、海上輸送網、保険市場、化学原料や肥料の流通、さらには食料価格と家計の実質所得にまで連鎖する、グローバルなシステミック・リスクが具現化したものと言える。UNCTAD(国連貿易開発会議)は、ホルムズ海峡の混乱がエネルギー市場、海運、グローバル・サプライチェーンを同時に圧迫すると警告している。多くのシンクタンクもまた、今回の事態は中東と世界との貿易の停滞と金融市場の不安定化を引き起こし、世界経済の成長を押し下げかねないと予想している。
本稿の主眼は、ホルムズ海峡の平時の機能と、今回の軍事危機によってそれがどのように毀損されているかを確認した上で、今後どのような物資の不足と経済的摩擦が生じ、どのようなシナリオで悪化または改善していくかをシミュレーションすることにある。現時点ではガソリン価格以外に市民生活に重大な支障は生じていないが、店頭や統計にまだ表れていない影響は今後確実に私たちの家計を苦しめることになる。既にメーカー各社は塗料やプラスチック製品の値上げを予告しており、医療用品の在庫も心配される状況となりつつある。日本国内では、国家備蓄と民間在庫が短期間ではあるが一定のバッファとして機能する一方、中東情勢が改善しなければ価格転嫁や化学品の供給制限の影響が時間差を伴って顕在化するであろう。
本稿では我々が認識しておくべき現状と、各家庭が実践できる今後の対応策を整理する。
(本稿の文章は生成AIによるものではありません)
【目次】
・チョークポイント
・平時におけるホルムズ海峡
・イランへの先制攻撃と事態の推移
・世界市場への影響
・ナフサ供給不安と日本国内への影響
・家庭で備蓄すべきもの
・今後想定されるシナリオパターン
・参考資料
チョークポイント
今回の事態を理解するにあたり、まずは「チョークポイント(Choke Point)」という重要な地理用語を押さえておく必要がある。これは陸運や海運において通過しなければならない地理的な隘路(あいろ)のことである。 “Choke” とは「窒息させる」という意味の英語で、この地点が何らかの理由によって通行不可能となれば、その名の通り物資輸送が「窒息」する。実質的に交通量の上限を規定するため、ボトルネックと呼ばれることもある。
こうした地理的特徴は交通の要衝となることが多く、歴史的に貿易や軍事に大きく影響してきた。よく知られている例を挙げると、300人のスパルタ軍がペルシャの大軍数十万を3日間にわたって足止めしたというテルモピュライの戦い(紀元前480年)は、チョークポイントを有効に活用した戦いとして世界的に有名である。日本国内では、例えば関ヶ原は濃尾平野と近畿を結ぶ交通の要衝であり、北の伊吹山地、南の鈴鹿山脈に挟まれた狭隘部に位置する。1600年の関ヶ原の戦いは、こうした地形条件や補給線、諸勢力の作戦行動が重なった結果、この地での決戦となった。また、関ヶ原の西に位置する不破関(ふわのせき)は古代より東山道の関所の一つで、672年の壬申の乱においては大海人皇子側が先手を打って不破道を押さえて敵軍の増援を阻止し、勝利を掴んだことでも知られる。
陸地だけでなく、内湾や内海などの閉鎖性海域と外洋を接続する海峡も重要なチョークポイントである。地中海と大西洋を接続するジブラルタル海峡は歴史的に重要な天然のチョークポイントであり、イベリア半島南端に位置するイギリスの海外領土があることでも知られる。この地点はスエズ運河が開通するまでは地中海から大西洋に出る唯一の経路であり、1713年のユトレヒト条約以来イギリスが実効支配し、現在も軍を駐屯させている。また、スエズ運河やパナマ運河のように人工的に建設されたチョークポイントも存在する。地中海と紅海を接続するスエズ運河は1869年の開通後、欧州とアジアを結ぶ最短ルートとなったが、同時に巨大なチョークポイントとなった。最近の例で言えば、2021年にコンテナ船「エヴァーギヴン号」が座礁して水路を塞いだことで約1週間にわたって世界のサプライチェーンが混乱した事件は記憶に新しい。これは、いかにチョークポイントが人類社会における急所となっているかを示した身近な例と言える。
最近話題のホルムズ海峡はペルシャ湾とオマーン湾(インド洋)を接続する世界有数のチョークポイントである。日量約2,000万バレルの原油・石油製品が通過し、世界の液化天然ガス(LNG)取引の約20%もこの航路を利用する。化石資源に依存する現代社会にとって極めて重要なこの海峡が現在、イランの革命防衛隊および海軍により実質的に封鎖されている。
平時におけるホルムズ海峡
ここで、平時におけるホルムズ海峡の機能についておさらいしておく。
ホルムズ海峡は世界経済にとって最重要級の海上チョークポイントである。UNCTADによれば(参考資料1)、紛争前の時点で同海峡は世界の海上石油貿易量の約4分の1を担い、LPGの29%、LNGの19%、石油製品の19%、化学品の13%が通過していた(数値は世界シェア)。化学品の中には肥料(内訳は、尿素67%、DAP(リン酸二アンモニウム)20%、MAP(リン酸一アンモニウム)9%、など)が含まれ、ペルシャ湾地域から海上輸送される肥料1,600万トンの大半も、この海峡に依存していた。IEAの資料でも、ホルムズ海峡は世界最大級の石油輸送チョークポイントであり、閉鎖時に代替ルートが非常に限られると説明されている。
ただ、代替ルートが無いわけではない。実際、サウジアラビアの紅海に面したヤンブー港からパイプラインを通じて石油を積み込み、紅海とアデン湾を接続するバブ・エル・マンデブ海峡からインド洋に出るルートが存在する。しかしこの航路の場合、ホルムズ海峡を経由するルートに比べて4~5日程度余計に時間が掛かる。バブ・エル・マンデブ海峡やアデン湾では海賊や親イラン武装組織「フーシ派」による攻撃リスクがあるため、より安全に航行するためにはスエズ運河経由で喜望峰回りのルート(下図の破線)以外に選択肢が無く、この場合はホルムズ海峡経由の約2.5倍もの日数を要する。バブ・エル・マンデブ海峡もまたホルムズ海峡同様にチョークポイントであり、イランの息が掛かった交通の要衝である。中東地域の主要な石油生産拠点の地理関係についてはブルームバーグの記事が詳しい(参考資料2)。

ホルムズ海峡を通過する原油の84%、LNGの83%はアジア向けであり、海峡の封鎖で直接的な損害を被るのは主にアジア諸国である。IEA(国際エネルギー機関)は、2025年には同海峡を通る原油が日量約1,500万バレルに達し、中国とインドだけでその44%を受け取っていたと報告している(参考資料3)。ホルムズ海峡は、湾岸産油国の輸出路であると同時に、アジアの工業生産と発電を支える生命線でもある。
さらに、この海峡は石油価格だけでなく、運賃、保険料、バンカー燃料価格を通じて、非エネルギー財の価格にも波及する。UNCTADは、エネルギー、肥料、輸送コストの上昇が食料価格や生活費を押し上げ、資源自給率の脆弱な国々にとりわけ重い負担を課すことになると警告している。したがって、ホルムズ海峡の危機を「原油相場の問題」とだけ捉える理解は不十分であり、実際には、サプライチェーンの混乱によって海運・化学・農業・家計を同時に巻き込んだ複合的ショックとして捉える必要がある。
イランへの先制攻撃と事態の推移
事の発端は2026年2月28日に始まった米国とイスラエルによる対イランの先制攻撃である。これは両国にとって数十年で最も大規模な対イラン攻撃であり、イランの核開発阻止とともに体制転換を目的として位置づけたものだった。まとまった量のミサイルを利用して軍事拠点および政府関係施設を電撃的に一斉攻撃し、イランの反撃能力を削ぐとともにイランの最高指導者アリー・ハメネイ氏を始めとする多数の要人を暗殺した。いわゆる斬首作戦である。
イランは直ちに応戦し、イスラエル本土に対してミサイル攻撃を行うとともに、カタール、クウェート、バーレーン、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、オマーンなどの湾岸諸国の米軍基地に向けて弾道ミサイルや無人機を発射した。この報復攻撃では米軍にも死傷者が出ており、イランは戦争をイスラエルとの対立に限定せず、米国の中東地域おけるプレゼンス全体を攻撃する構えを明確にした。
3月初旬には革命防衛隊がホルムズ海峡の閉鎖を宣言し、通航を試みる船舶には攻撃を加えると警告した。真偽のほどは不明だが機雷を敷設したとの報道もあり、タンカーの通行量は事実上ゼロになった。イランはサプライチェーンに混乱を引き起こすことで、米国・イスラエルを相手に世界経済を人質にとる持久戦に打って出た。湾岸地域の豊富な石油資源を断つことで国家間協調の不和を生み出し、アメリカ側の譲歩を引き出す狙いがあるとみられる。
イランへの先制攻撃に対する各国の反応は割れており、ロイターがまとめた各国の反応には、先制攻撃としての合法性や「差し迫った脅威」の有無に疑義を呈する意見もある。アメリカ(というよりトランプ氏と言った方が正確だが)とNATO諸国とのここ数年の軋轢は解消どころか、より断絶が深まってしまっている。この戦争は強度の高い先制的な軍事行動として始まったが、法的・外交的には争点を残したまま今なお継続している。
また、第三国である湾岸諸国の工業設備や湾港に対するイラン側の反撃も、紛争をエスカレートするとして強く非難・反対されている。特に、ホルムズ海峡の封鎖による化石資源の途絶危機はアジア諸国の経済基盤に多大な影響を及ぼしており、多くの国が事態の悪化に懸念を表明している。
本稿を執筆している3月末時点で、停戦の兆しは見られない。イラン革命防衛隊は首都テヘラン圏域で12歳以上の一般国民を対象に「祖国防衛戦士」のボランティア募集を始めたとの報道もあり(参考資料4)、国家総動員で米国とイスラエルに対抗する意思を明確にしている。
アラブ諸国ではイランによる海峡封鎖や自国領土への爆撃を受け、対イラン紛争への参戦を検討しているとの報道もある。湾岸アラブ諸国の一部は「単なる停戦では不十分」であり、イランのミサイル・ドローンの生産能力と、エネルギー輸送路を遮断する能力そのものを削がなければ再発リスクは消えないと主張している。これは、仮に停戦が成立しても、海峡の「法的開通」と「商業的正常化」が同義でないことを意味する。
事態の推移を見ると、単純な米・イスラエル対イランの対立ではなく、湾岸諸国、紅海沿岸、海運と保険市場まで巻き込んだ地理的にも経済的にも広範囲に及ぶ危機へと発展してきている。開戦後には米WTI原油先物価格(原油価格)が一時1バレル120ドルに迫る高値を付けたが、これは年初の2倍に相当する価格水準である。現在、1バレル100ドル付近を推移しており、コロナ後の経済活動の本格再開とロシアによるウクライナ侵攻が重なった2022年以来の高値となっている。
ホルムズ海峡の封鎖は現在およそ1カ月に及んでいる。ロイターの報道によれば、イランはホルムズ海峡について「非敵対的船舶」に限って通航を認める姿勢を国連・IMOに通報したが、実際には中国籍のタンカーですら引き返す事例が確認されており、選別的通航容認は正常化を意味していないことが明らかとなった(参考資料5)。事実、イラン政府が革命防衛隊を制御できているか否かは疑問であり、船主、保険会社、荷主は偶発的なリスクを少しでも減らすように立ち回るしかない状況である。
また、フーシ派は再介入の構えを強め、実際にイスラエル向けミサイル発射も起きており、バブ・エル・マンデブ海峡まで不安定化するリスクが高まっている。ヒズボラとの戦闘も再開しており、イスラエルは多方面で戦線を拡大している。最近ではイスラエル軍の兵力損耗が深刻化していることを訴える報道もあり、イスラエルが自国の継戦能力の限界との妥協点をどこに見出すかが注目されている(参考資料6)。
2026年1月、トランプ米政権はベネズエラに対する軍事作戦を実施し、マドゥロ大統領夫妻を拘束した。これを成功体験としてか、トランプ政権内ではイランに対する斬首作戦で速やかな体制転覆を狙えると楽観視していたきらいがある。しかしながら、議会を有し野党が存在していたベネズエラとは異なり、イランは体制としては専制政治の形態をとりながらも個人の政治的手腕に依存した独裁政権という訳ではなく、複数の勢力が絡み合って政府が運営されており、政権トップの排除が軍の離反(クーデター)に繋がらないという事情があった。イラン国内の反体制派との意思疎通も十分ではなく、トランプ氏が開戦直後に呼びかけたような武力行使に乗じた蜂起には至っていない。第1次トランプ政権で大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏が指摘するように(参考資料7)、トランプ氏の衝動的な(少なくともそう見える)判断によって米軍が動かされている、という現状は状況をより複雑化させるだけで、米国の将来にとって必ずしも良い影響をもたらさないであろう。
現在、アメリカでは全国で反戦・反トランプデモが実施されており、イランへの地上部隊の投入が取り沙汰される中で、国民の厭戦感情が高まりを見せている(ただしこれは急に始まったものではなく、トランプ氏の強権的統治に反対する「No Kings」運動はこれまでにも継続的に行われている)。物価上昇に伴う経済停滞がトランプ氏の支持率を低下させれば、2026年11月に行われる米中間選挙の前に何らかの形で収集をつけざるを得ないだろう。しかしながら、イスラエルの強硬的な軍事行動とトランプ氏の気まぐれな政治的判断が相俟って、事態解決の糸口が見えていない状況である。
直接的な紛争の原因は対イランの先制攻撃ではあるが、元々イスラエルはイランと敵対していた。イスラエルの態度が硬化した背景には、2023年10月にパレスチナのガザ地区を支配する組織ハマスが実行した、イスラエルへの大規模な奇襲攻撃がある。この奇襲攻撃もイスラエル・パレスチナ間の長年の対立が背景にあるのだが、これがイスラエル(特にネタニヤフ政権)のイスラム過激派への敵対心をより強固にした出来事であることは間違いない。
ハマス壊滅を掲げたガザ地区への徹底的な反撃・進攻は、少なくとも数万人以上の民間人の死傷者を出す容赦のないものであった。続くヒズボラ(レバノン)やフーシ派(イエメン)との紛争、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館を爆撃に端を発する2024年のイラン=イスラエル紛争に発展していき、イランの核開発計画阻止と民主主義回復の名目での今回の攻撃に踏み切った。今年1月にはイランの治安部隊が、イラン革命以来最大規模の抗議デモで数万人のデモ参加者を虐殺しており、トランプ政権内でもイランに対する軍事行動の機運が高まっていたとみられる。
なお、2025年末から2026年1月にかけてのイラン国内の抗議デモは、深刻な物価高騰と通貨リアルの暴落、経済停滞に抗議するもので、これらがアメリカ側の強力な経済制裁に起因するともみなせる。実はイランは産油国でありながら、2024年の冬頃から国際制裁や汚職、生産設備の老朽化などに起因する深刻なエネルギー危機を抱えていた。こうした国民生活の窮乏がデモの背景にあるのだが、これを一方的な武力によって鎮圧したことで、イラン政府の対応が人道的観点から非難されていた。間接的に米国が事態を主導したと言えなくもないが、イランに対する武力行使の口実となったことは確かである。
世界市場への影響
世界市場への影響は、価格と流通において既に顕在化している。
UNCTADは3月上旬時点で船舶通航が紛争前平均比97%減まで落ち込んだとし、ロイターも、原油市場では戦争開始後にブレント原油先物価格が一時119ドル台を付け、供給喪失が続くシナリオでは平均価格が134.62ドル、カーグ島のような主要輸出拠点がさらに打撃を受ければ153.85ドル、局所的には200ドル近辺も視野に入るとの市場予測を伝えている(参考資料8)。IEAは3月11日に加盟国の緊急備蓄から4億バレルを市場に供給する過去最大規模の協調放出を決めたが、それ自体が今回のショックの規模を物語っている。
最も直接的な打撃を受けるのはアジアである。ホルムズ経由の原油の84%、LNGの83%がアジア向けであり、特に北東アジアは発電燃料の高騰や電力制約に直面しやすく、南アジア・東南アジアでは燃料不足や需要破壊が起こりやすい。ロイターは、アジアのLNG価格が2月末比で143%上昇しており、インド、バングラデシュ、パキスタンのような価格感応度の高い国では石炭回帰やエネルギーの配給制導入が起こりうると伝えている(参考資料9)。欧州はアジアほど中東に石油資源を依存していないが、アジアとの資源争奪戦に巻き込まれるため無傷ではない。特に欧州は、ロシア依存を減らした後のLNG調達先の柔軟性を重視しているため、カタールやUAEの供給混乱は今後影響してくる可能性がある。エネルギー情報分析会社Vortexa社の海上リスク情報部門の責任者によれば、現在のLNG市場には余剰能力が存在せず、供給途絶の影響は即時かつ甚大になり得るとのことである。
中でも低所得国への影響は深刻である。世界の肥料の約3分の1がホルムズ海峡を通過していると言われ、特に尿素やDAPの比重が高い。スーダン、スリランカ、タンザニア、ソマリア、パキスタン、タイ、ケニアなどでは、ペルシャ湾地域由来の輸入肥料への依存度が高く、食料生産と家計が同時に圧迫される。実際、原料価格が2週間で100〜150%上昇しており、マレーシアの肥料メーカーが新規受注を停止した(参考資料10)。こうした供給量の減少は東南アジアやアフリカの農業コストへも波及する。
エネルギーに関する各国の状況をごく簡潔にまとめると以下のようになる。
- 【韓国】3月24日に大統領が節電運動を呼びかけた。燃料価格上限の設定、燃料税減税の拡大、石炭・原子力の稼働引き上げ、ナフサ輸出禁止を実施。
- 【中国】国内の不足を警戒して石油製品輸出を停止。春の作付け前に肥料備蓄を放出。国内の石炭資源の活用を計画している。香港ではガソリン価格が一時600円/Lに達したとの報道が話題となった。
- 【台湾】3月27日に電気料金の据え置きを決定し、物価と産業競争力の安定を優先する構え。一方でガソリン価格は上昇しており、当局・中銀とも供給不足が長期化した場合の対策を検討している。
- 【豪州】地方の供給不安に対応してガソリン・軽油の国内備蓄放出を進め、3月28日には燃料カーゴ確保を後押しするため輸出金融法の改正を表明した。
因みに、オーストラリアは天然ガスなどの資源大国というイメージがあるが、国内の石油精製能力が弱いため、資源輸出国であると同時に意外にも燃料の約90%を輸入に頼っている。オーストラリアは対外貿易の99%が海上輸送だが、これも意外なことに自国の商業海上輸送能力は非常に低い。これは平時においてはコスト面で有利だが、今回のような事態において有事下の海運の脆弱性が強く表れてしまっている(参考資料11)。 - 【フィリピン】3月24日に国家エネルギー非常事態を宣言した。20億ペソの緊急基金を投入し、制裁対象国からの原油調達のため米国に適用除外を打診、卸電力スポット市場も停止した。23日にはロシア産原油を積載したタンカーが5年ぶりに入港している。
- 【タイ】3月10日から公務員に在宅勤務・階段利用・冷房26〜27℃設定などの節電措置を課した。LNGは米・豪・南アから代替調達を模索し、軽油価格の上限維持とLPガス価格凍結も進めている。
- 【ベトナム】化石燃料依存を低減するため、E10ガソリンの全国展開を前倒しした。石油資源の確保を各国に打診中。イランとの個別交渉も進めているとの報道あり。
- 【インドネシア】石炭増産によって国内エネルギー余力を高める方向に動いており、輸出へのウィンドフォール課税(想定外の利益(超過利潤)に対して、臨時的に高率の税を課す制度)も検討している。
- 【インド】LPG確保を優先して緊急権限を発動し、精製会社にLPG増産を指示するとともに産業向け販売を削減した。燃料輸出も必要に応じて見直す構えであり、自動車業界には燃料節約のため生産最適化を要請している。イランと個別交渉中。
- 【バングラデシュ】既に燃料の日量配給を実施しており、スポットLNGを高値で追加購入した。さらに燃料・LNG輸入資金として20億ドル超の外部資金確保を進めている。
- 【EU】加盟国首脳会議レベルで、電力税引き下げ・送電料金軽減・国家支援などの一時措置を検討中である。北海油田があることと、既にロシア産原油の禁輸体制を敷いているため、アジアに比べると影響は価格面に留まる。
供給遮断がエネルギーに留まらないのがホルムズ海峡の厄介な点である。例えば、肥料の原料となる尿素は、天然ガスの採掘時に発生する水素とCO2、空気中の窒素から合成される基礎化学品である。世界で流通する尿素は約4割が中東で取引されており、ホルムズ海峡の封鎖により化学肥料の価格が高騰している。日本は国内で消費する尿素のほとんどを海外輸入に頼っているが、その約7割はマレーシア産の天然ガスに由来するものである。したがって、一見すると日本への影響は小さいように思われるが、世界的に供給量が逼迫して市場の価格発見機能が不安定になると肥料メーカー単独では値決めできず、一時的に受注や供給を見合わせることになる。すると産地が中東地域でないにもかかわらず供給体制が不安定となり、最悪の場合入手不可能となり産業が停止する。これがサプライチェーンの混乱である。
また、尿素に関して言えば、肥料だけでなくAdBlue®(アドブルー)としてクリーンディーゼル車(トラックやSUV)の排ガスを浄化する「尿素SCRシステム」に使用されている。これは窒素酸化物(NOx、ノックス)を窒素と水に分解する働きがあり、走行距離 1000 kmで約1リットル消費すると言われる。これが空になるとエンジンが再始動できなくなるため、尿素の枯渇は運送業において致命的な問題となる。仮に枯渇しないとしても、尿素の値上がりによって輸送費が上がり、結果としてあらゆる商品の価格に転嫁される事態になり得る。運送業界では既に人手不足などによって輸送コストの上昇が続いており、これに追い打ちをかける形で尿素価格の上昇が進んでいる状況である。
供給が逼迫するのは化石資源だけではない。中東地域は世界のアルミニウム供給の約9%を占めており、そのほとんどはホルムズ海峡を経由して輸出される(原料となるボーキサイトもホルムズ海峡を経由して輸入される)。3月28日、中東最大のアルミ企業であるアラブ首長国連邦(UAE)のエミレーツ・グローバル・アルミニウムがイランによるミサイルと無人機による攻撃を受け、主要拠点が「重大な被害」を被ったことが明らかになった(参考資料12)。エネルギー・肥料・アルミニウムといったコモディティ(実物商品)の供給が逼迫する事態となっており、世界経済への悪影響と地域情勢の不安定化は避けられない。
ナフサ供給不安と日本国内への影響
ここからが本題である。
日本国内では一時的にガソリンの店頭価格が200円付近まで上昇したものの、今のところ目立った供給不安や買い占め騒動は発生していない。2026年1月末時点で、日本は民間の保有分を合わせて約8カ月分の石油備蓄を保有しており、LNGについても電力・ガス各社は中東由来の約400万トン、すなわち日本のLNG輸入全体の約6%に相当する量のほぼ1年分の在庫を保有している。したがって、少なくとも短期的には「停電が直ちに全国で多発する」「ガソリンが数日で消える」といった見方は誇張であり、不適切な言説だ。
過度な不安に陥らないためにも、まずは政府公式の発表や公開資料を1次ソースとして当たるのべきである。SNS上では在庫不足や供給ショックを不安視する声が増しているが、ひとまず落ち着いて行動することが日常生活を維持する上で非常に重要である。石油備蓄の詳細については特に、経済産業省・資源エネルギー庁が最近公開した資料「燃料調達をめぐる動向と電力・ガスの安定供給について」を参照されたい。
冒頭で述べたように、メーカー各社はナフサの供給減を見越したエチレン減産を進めている。これに伴って、ほとんどの基礎化学品で値上げが相次いでいる。2026年3月時点で国内エチレン生産拠点の約半数が減産体制に入っており、その影響は食品包装、洗剤容器、医療用手袋、ポリエステル繊維、自動車・家電部品、建材に及ぶ。
原油不足はまず樹脂、繊維の不足を引き起こし、その後に幅広い最終製品の値上がりや納期遅延として一般市民の目に見える形で表れてくる。現在の日本は、この中の原料不足の直前という状況に立たされている。建材や塗料に関しては既に供給不足を見越した動きが出ており、在庫の消失が現実のものとなりつつある。
ところで、この「ナフサ(naphtha)」であるが、ニュースなどで少し耳をする程度で日常生活では馴染みが無いかもしれない。ナフサとは「原油を蒸留分離して得られる化合物のうち沸点範囲がおおむね30~180℃程度の炭化水素混合物」のことで、粗製ガソリンとも呼ばれる。ナフサは沸点80℃未満の軽質ナフサと沸点80℃以上の重質ナフサに大別される。前者はC5~C7程度のパラフィン(直鎖・分岐を含む)やナフテン(環状パラフィン)からなり、後者は主に炭素数C8~C10程度の芳香族炭化水素などからなる。
ごく単純化して言えば、ナフサの分解物は軽いものと重いものに分離できる、ということである。
下図はナフサを水蒸気とともに熱して分解する「クラッキング」の製品フローの概略である。実際にはより詳細に分類できるのだが、概要を把握するだけであれば以下の図で十分と思われる。ナフサが枯渇すると何が起こるかと言うと、この右端の最終製品(より川下の工程の原料となる)が一切作れなくなる。それによって、我々が日常的に使用する製品、つまり、ほぼありとあらゆる製品が、生産できなくなることを意味する。

ナフサクラッカーの稼働率低下に伴い、川下では塗料やプラスチック製品の値上げを予告しており、4月からは多くの製品が値上げラッシュとなることが予想される。プラスチック製品とは具体的に何が当てはまるかというと、先ほど述べた通りほとんどのものが該当する。
» 具体的な製品の例(多すぎるので省略)
例えば…
朝起きて最初に触るものだけでも、スマートフォン本体、スマホケース、保護フィルム、充電ケーブル被覆、充電器筐体、目覚まし時計、照明スイッチ、エアコンのリモコン、メガネフレーム、歯ブラシ、歯磨き粉のチューブ、洗顔料ボトル、シャンプー容器、コンディショナー容器、ボディソープ容器、洗面器、風呂の椅子、カミソリ、ドライヤー外装、ヘアブラシ、コンタクトレンズ容器、化粧品容器、詰め替えパウチ、ティッシュ包装フィルム、トイレの便座やカバー部材、トイレットペーパー包装、洗濯機の操作パネル、洗濯ばさみ、洗剤ボトル、柔軟剤ボトル、ハンガー、収納ケース、ゴミ袋に至るまで、すでに相当量が石油化学由来である。
食事の場面に移ると、冷蔵庫の内装トレー、食品保存容器、ラップ、ジッパー付き保存袋、ペットボトル、ペットボトルのキャップ、ラベル、ストロー、弁当容器、惣菜トレー、卵パック、牛乳の注ぎ口部材、マヨネーズやケチャップのボトル、食用油ボトル、インスタント食品の包装、カップ麺容器、レトルトパウチ、パンの袋、菓子袋、ヨーグルト容器、プリン容器、冷凍食品トレー、スポンジ、まな板、炊飯器の樹脂部品、電子レンジの内外装部材、電気ケトルのハンドル、包丁の柄、フライパンの取っ手、食器洗い用洗剤ボトルなど、包装と台所用品だけでも膨大である。
家の中を見回すと、テレビ筐体、パソコン筐体、キーボード、マウス、イヤホン、スピーカー外装、Wi-Fiルーター、電源タップ、延長コード被覆、USBメモリ、ゲーム機本体、コントローラー、プリンター外装、インクカートリッジ、文房具ケース、ボールペン軸、シャープペン、消しゴムケース、ファイル、クリアホルダー、下敷き、定規、テープディスペンサー、椅子のキャスター、机の表面材、収納ボックス、カーペット繊維、カーテン繊維、クッション中材、ソファ表皮、マットレス部材、壁紙、床材、窓枠部材、配線被覆、コンセントプレートまで、視界のかなりの割合がプラスチック製品であることに気が付くだろう。
衣類や身の回り品でも、ポリエステルのシャツ、ナイロンのジャケット、アクリルのセーター、ポリウレタン入り下着、靴底、スニーカーのアッパー素材、バッグ、リュックのバックル、財布の合皮、傘の生地と持ち手、腕時計バンド、名札ケース、社員証ケース、スーツケースの外殻、ファスナー部材、衣類収納ケース、布団圧縮袋など、多数の製品が該当し、天然素材だけで生活している現代人はほとんどいない。
外出するとどうか。自動車のバンパー、ダッシュボード、ハンドル周辺部材、シート表皮やウレタン、配線被覆、ライトカバー、タイヤ関連の合成ゴム、バイクのヘルメット、電車の内装パネル、つり革被覆、バスの座席表皮、自転車のサドル、グリップ、レインコート、折りたたみ傘、交通系ICカード、財布のカードポケット、コンビニ袋、レジ袋、使い捨てスプーン、フォーク、テイクアウト容器、宅配用緩衝材、ガムテープ、結束バンド、通販の気泡緩衝材に至るまで、移動と物流は完全に石油化学に依存している。
職場や学校でも、社員証、入館カード、名刺ケース、パソコン、モニター、ケーブル、LAN被覆、プロジェクター外装、ホワイトボードマーカー、ボールペン、クリアファイル、バインダー、書類トレー、椅子の背もたれ、キャスター、マウスパッド、名札ホルダー、卓上ごみ箱、コーヒーカップの蓋、ウォーターサーバーのボトル、コピー機内部部品など、樹脂なしではほぼ業務が成り立たない。
医療や衛生の分野はさらに決定的で、マスクの不織布、手袋、注射器、点滴バッグ、点滴チューブ、カテーテル、錠剤PTP包装、薬瓶、検査容器、ピペットチップ、試薬ボトル、消毒液ボトル、体温計外装、血圧計チューブ、診療用手袋、フェイスシールド、ガウンの一部、歯科材料容器、コンタクトレンズそのものまでが樹脂製品であり、これらの供給が止まるということは医療が止まるということを意味し、単なる不便というだけでは済まない。消毒用アルコールももちろん石油由来であるため、製品の供給不足が深刻化した場合は医療崩壊に繋がりかねない。
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4月は食品を中心に2500品目以上が値上げされる見通しであり、JR各社は3月から4月にかけて運賃改定を実施・予定している。JR貨物やトラック運賃の引き上げも4月に予定されており、運送コストが10%ほど上昇することが確定していた。しかもこれは原油市場の混乱以前に決まっていたことである。今後、燃料価格が上がれば物価はさらに上昇し、資源の乏しい日本は猛烈なインフレに見舞われるリスクが極めて高い。
日本の海運各社は3月初めにホルムズ周辺の運航を停止しており、最後の中東発原油タンカーが22日に日本到着して以降、商社は必死に代替となる調達先を探している状況である。開運の戦争保険料は一部では1000%以上急騰したとのことで、保険会社による戦争危険担保の打ち切りや再保険縮小が進んでいる。こうした保険と船腹の逼迫は、原油やLNGなどの化石資源だけでなく、化学品や一般貨物の輸送コスト上昇をも引き起こす。
電力供給の面でも今後の推移が不安視されている。日本の火力発電に占める天然ガスの割合は3~4割程度であり、LNG価格の高騰は電力価格の高騰に繋がる。日本ではLNG価格が原油価格に4カ月程度のタイムラグをもって連動する契約が多く、原油高騰は数か月の時間差で電力料金を押し上げると予測されている(参考資料13)。日本政府は、LNGの輸入リスクに備えて石炭火力発電の運用ルール緩和を決定した。非常時であるとはいえ、供給安定と脱炭素のトレードオフが現実の政策課題として表面化している。
なお、日本の場合はLNGのホルムズ海峡依存度が 6 %程度と比較的低いが、先ほどの尿素の例でも見たように、国際的なLNG価格の上昇が調達リスクに繋がる可能性はゼロではない。原油やナフサとは事情が異なるとはいえ、長期的に価格が高止まりする影響は避けられないと見られる。
内容をまとめると、国民生活への影響は、燃料費、日用品、食品価格、電気代の順で広がると予想される。化学、金属、輸送機械、運輸の各業界への影響は大きく、厳しい状況が続く可能性は高い。燃料費の高騰、肥料などの製品不足は一次産業にも大きく影響する。医薬品や医療用品への影響も甚大である。
アメリカ軍によるカーグ島侵攻が実行されれば戦況は一段と激しくなり、原油価格をさらに押し上げると予想される。現在、サウジアラビア半島の紅海側を経由する迂回ルートが活用されているが、パイプラインでは軽・中質の原油しか運搬できず、ナフサの代替にはなり得ない。ナフサの供給不安を根本的に解決するには、イランとの紛争を終結させてホルムズ海峡を正常化する以外に方法はない。
家庭で備蓄すべきもの
物資不足の不安を煽る訳ではないが、日頃から何らかの災害や危機に備えて物資を備蓄しておくことは防災の観点でも推奨される。そこで、備蓄すべき品目を簡単にまとめておく。
備蓄の基本方針としては、高価な非常食セットより、普段使うものを少し多めに持つ「ローリングストック」が実用的である。買う順番は、水・トイレ・主食・熱源・常備薬を軸として、数回に分けて揃えると自家用車が無い場合でも負担が少ない。因みに、公的な備蓄目安は最低3日分、広域災害では1週間分以上とされている。
なお、重要な前提として、政府はすでに国家備蓄石油の放出を決定しており、LNG在庫についても2026年3月1日時点でホルムズ海峡経由の輸入量の1年分相当が確保されているため、直ちに全国各地で物資不足が起きる状況ではない。ただし日本の一次エネルギー自給率は低く、原油の中東依存度は90%以上に達する。パニック買いは不要だが、2週間~1か月分程度の在宅備蓄を整えておくという判断は十分合理的である。
まず必須のものは以下の通り。
【水】
1人あたり1日3Lを目安として、1週間で21L、2週間で42Lがおおよその基準。断水時の生活用水を見越して、ポリタンクや折りたたみ給水袋も合わせて確保すべきである。折り畳みタイプのウォーターバッグは場所を取らないので備蓄に向いている。
【主食】
常温保存・短時間調理・そのまま食べられるものを中心に揃える。パックご飯・アルファ米・レトルト粥・乾麺・パスタ・オートミール・カップ麺・クラッカー・ビスケットが対象となる。単身2週間なら28〜42食分が目安。「すぐ食べられるもの」と「少し調理が要るもの」を半々にすると、停電やガス制限にも対応しやすい。なお、乾パンやビスケットなどの乾燥した食品のみで乗り切るのは心理的に難しいので、羊羹など長持ちのする柔らかく乾燥していない食品も用意したい。
【たんぱく源・脂質】
缶詰と常温保存品を厚めにストックする。さば缶・ツナ缶・焼き鳥缶・大豆水煮・豆缶・レトルト豆製品・ナッツ・プロテインバーなどの常温で長期保存できるものが該当する。単身2週間なら缶詰10〜20個、豆類や補助食品を10食分以上確保すると良い。牛乳は常温保存乳のものとし、豆乳も備蓄に向いているので苦手でなければ揃えておくと良い。
【携帯トイレ・簡易トイレ】
内閣府の備蓄目安は1人1週間で35回分であり、単身なら最低35回分、できれば70回分を先に押さえる。トイレットペーパー・ウェットティッシュ・ゴミ袋・ゴム手袋もあわせて買っておくのが良い。
続いて、以下のものを揃える。
【熱源】
カセットコンロは優先度が高いので無ければ購入しておきたい。単身なら本体1台・ボンベ6〜12本を用意できると安心できる。保存食生活が長期化しそうな場合に備えるには、温めなくても食べられる食品を多めにストックするのが根本的な対策となる。因みに、カップ麺はお湯でなくても常温の水を入れて15〜30分程度待つことでも調理可能である。いざという時に備えて一度自身で試してみておいても良いだろう。
【医薬品・衛生用品】
常備薬・絆創膏・包帯・消毒液・マスク・ウェットティッシュは一通り揃えたい。処方薬があれば2〜4週間分を確保し、解熱鎮痛薬・整腸薬・口内炎薬・目薬など日常使いするものも補充しておく。
【停電対策】
懐中電灯・予備電池・モバイルバッテリー・ラジオ・充電ケーブルを揃える。モバイルバッテリーは2万mAh級が1台、できれば2台あるといざという時に安心。
【その他】
調味料・インスタント味噌汁・コーヒー・茶・チョコレート・飴類などの嗜好品があるとストレス軽減に効果的。防災の観点で言えば、現金・小銭・下着・タオル・洗面用具・軍手・ライターなどをひとまとめにして用意しておけば在宅避難と外出避難のいずれにも対応できるため、不足があれば補っておくべきである。
備蓄に際しては、冷凍食品への偏重・大量の生鮮食品・調理に水を多く使う食品は基本的にNG。調理に時間が掛かるような食品も避けたい。高額な非常食セットよりは缶詰類などを充実させることをお勧めする。心配のあまり余分な量を買い占めてしまうのは不適切であり、フードロスに繋がる側面もあり推奨できない。適度な量の備蓄を心がけたい。
個人的には大容量蓄電池やソーラーパネルまで用意する必要は無いのではないかと思われる。もし予算に余裕があるのであれば、趣味の範疇で常備しても良いかもしれないが、必須ではない。
今後想定されるシナリオパターン
最後に、想定されるシナリオについて幾つかのパターンを紹介する。
最も穏当なシナリオは、「数週間から数カ月以内に停戦または大幅な軍事的対立の収束に至るが、海峡の商業的正常化は遅れる」というものである。米国側は軍事作戦が数週間以内に終息に向かう可能性に言及しており、イラン政府も非敵対的船舶の通航容認を示している。他方で、湾岸諸国は再発防止のためイランの軍事的能力の恒久的削減を要求しているため、単なる停戦声明では保険料も船腹供給もすぐには正常化しにくい。数カ月で小康状態となるがエネルギー価格は紛争前の2割高、貿易量は2割減という推測(参考資料14)は、この線でのアウトラインとして尤もらしい。日本では大停電や配給制への移行が生じるというよりも、ガソリン高、電力高、化学製品高、輸入コスト高が長引く、忍耐の強いられる生活になる可能性が高いだろう。
次に現実味があるのは、「高い保険料の状態が数カ月続く長期消耗戦」のシナリオである。ホルムズ海峡の通航量は一時97%減まで落ち込み、中国船ですら引き返した事例は先ほど述べた通りである。これは、海峡が法的に「完全閉鎖」されていなくても、商業的には十分に機能しない状態が続き得ることを示している。このケースでは、日本は備蓄により原油そのものは持ちこたえても、ナフサや石化中間材の不足が先鋭化して包装材、建材、合成繊維、樹脂部材の価格上昇・不足の影響が長引き、石化製品の需要が弱含みして産業全体が鈍化、年内に景気後退局面に入る、というものである。
最悪のケースとしては、「ホルムズ海峡に加えてバブ・エル・マンデブ、あるいはカーグ島など主要輸出・積出拠点への攻撃が重なる多正面型の戦線拡大、さらにはアラブ諸国の全面的参戦」が挙げられる。実際、イエメンの親イラン組織フーシ派はイスラエルに対して再介入の意思を示しており、イスラエルもこれに応じて戦線を広げる構えである。さらには、現在稼働中の主要輸出拠点が親イラン勢力によって打撃を受ける場合も想定される。こうなるともはや中東全域が戦火の渦に巻き込まれ、事態収束どころではなくなるだろう。このケースでは、物資が単に高いだけでは済まず、手に入らないものも出てくる可能性がある。
イスラエルのネタニヤフ政権の強硬的な態度を見る限り、現状では平和的解決の可能性はゼロと言ってよい。また、イランはアラブ諸国のエネルギーインフラにも砲撃を繰り返しており、中東全体で緊張が高まっている。
日本のSNSではイランと交渉して日本のタンカーを通してもらうべきだという論調が一部で見られるが、これは以下の理由などから現実的でない。
- 日本はすでにイランに制裁を科している
- ホルムズ封鎖はイランの戦争遂行手段そのものである
- 「友好国向けの安全通航」ですら、実際には保証されていない(イラン政府が革命防衛隊を制御できていないリスクがある)
- 保険会社がホルムズ海峡の通行に対して免責・打ち切りをしている(万が一の場合に船主や荷主が責任を取れない)
- 「非敵対国」や「日本の船」の定義が明確でない
- 「日本はイランの友好国である」という前提が紛争の当事者全員(特に、ホルムズ海峡を封鎖しているイラン革命防衛隊)には通用しない可能性がある
- 日本がイランに対して巨額の通行料を納めることにアラブ諸国が納得しない可能性がある(アラブ諸国は元々イランとは対立関係にあり、日本はアラブ諸国から原油を調達している)
- そもそも公海上の航行に対して一国が通行料を課すのは違法行為であり、これに加担することはできない
また、イランと交渉しないことを日本の政治の怠慢だと論じるのは非常に乱暴な議論であり、国際的な観点で言えば無理な主張であるということを認識すべきである。ホルムズ海峡の危機はイランの政治判断、軍事的危険、保険と金融、船会社の安全判断、国際法と同盟関係、原油市場の価格形成などが複雑に絡み合った問題であり、日本がイランと交渉すれば直ちに解決するような問題ではない(より深刻な問題の原因となる可能性が否定できない)。そもそも現在のホルムズ海峡は紛争地帯であり、そのような危険な場所を何の保険も保証もなしに通航を強いるのは、船員の安全を顧みない無責任な考えと言わざるを得ない。
重要なのは、関係省庁の情報発信を1次ソースとしたうえで多様な情報源を参照することであり、曖昧な根拠に基づいて過度に不安を煽ったり義憤を駆り立てるようなSNSアカウントからは距離を置くべき、ということである。
現在の日本が置かれている状況は他国に比べてそれほど悪くはない。我々に第一に求められているのは、パニックになることなく冷静に社会秩序を維持することである。その上で、和平を求める諸活動を行っていくべきであり、政府に対しては建設的かつ大局的な見地から意見表明することが望まれる。
参考資料
ここでは主要なもののみ掲載する。
- Strait of Hormuz Disruptions (UNCTAD, 2026.03.10)
https://unctad.org/system/files/official-document/osgttinf2026d1_en.pdf - 2.5倍遠い迂回ルートで中東原油を日本に輸送視野、政府や顧客意向で(Bloomberg, 2026.03.25)
https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-03-25/TCFXGWT9NJLV00?taid=69c3bb193209350001259c0e - Oil Market Report – March 2026 (IEA, 2026.03.12)
https://www.iea.org/reports/oil-market-report-march-2026 - イラン革命防衛隊、12歳以上のボランティア「祖国防衛戦士」募集…国民総動員の様相(読売新聞, 2026.03.27)
https://www.yomiuri.co.jp/world/20260327-GYT1T00354/ - 中国コスコ、ホルムズ海峡引き返す イランの通過保証の実効性に疑問符(Reuters, 2026.03.27)
https://jp.reuters.com/markets/commodities/NW4JZPTFFRJPBKZ73Z6LK5V2EE-2026-03-27/ - イスラエル軍トップ、軍の負担増を警告 「自滅する」(CNN, 2026.03.27)
https://www.cnn.co.jp/world/35245569.html - 元側近ボルトン氏 トランプ政権のイラン攻撃は「熟考の産物ではない」(日経ビジネス, 2026.03.12)
https://news.yahoo.co.jp/articles/6af553165a40dd665c8430a3d7aff0eb255fad69 - Oil prices to stay elevated across Iran war scenarios(Reuters, 2026.03.28)
https://www.reuters.com/business/energy/oil-prices-stay-elevated-across-iran-war-scenarios-2026-03-27/ - Asia, Europe most exposed to LNG impact from Iran conflict, Vortexa says(Reuters, 2026.03.03)
https://www.reuters.com/business/energy/asia-europe-most-exposed-lng-impact-iran-conflict-vortexa-says-2026-03-02/ - マレーシアの肥料メーカー、新規受注を停止 中東紛争で原料高騰(Reuters, 2026.03.18)
https://jp.reuters.com/markets/commodities/HKX5ZWS3RNLDTNAMERUFBA3EXU-2026-03-18/ - When a crisis hits, countries scramble for shipping. Australia has barely any(The Strategist, 2026.03.24)
https://www.aspistrategist.org.au/when-a-crisis-hits-countries-scramble-for-shipping-australia-has-barely-any/ - 中東最大のアルミ企業、イランの攻撃で「重大被害」-日本にも輸出(Bloomberg, 2026.03.29)
https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-03-28/TCMBKDT96OSG00 - ホルムズ海峡の実質的封鎖で大きく動揺する日本のエネルギー安全保障(IEEJ, 2026.03.18)
https://eneken.ieej.or.jp/data/13129.pdf - 原油高だけではない中東情勢緊迫化の試練(みずほリサーチ&テクノロジーズ, 2026.03.13)
https://www.mizuho-rt.co.jp/business/research/report/2026-0024/index.html
