こんにちは。管理人のpencilです。
かなり遅いタイミングですが、今年の大学入試数学を概観していきます!
昨年は出題ミスの問題が相次ぎましたが、今年はどの大学でも注意したのか、かなり少ない件数で済みました。それはともかく、昨年大問題に発展したのが「医学部不正入試問題」です。これについては末尾にコラムを掲載しています。また、先日飛び込んできた「大学生が入試の採点をするかもしれない」というニュースに関してもコラムで取り上げます。
2019年大学入試総括
今年の東大の理系数学は昨年比で僅かに難化の印象でした。昨年に引き続き確率分野からの出題は無く、解析分野の比重が大きい出題でした(文系数学には確率の出題がありました)。2年連続で理科の数学に確率の出題が無かったのは1997年・1998年以来で、約20年ぶりのことです。
理系第1問は$$\displaystyle\int_{0}^{1}\left(x^2+\frac{x}{\sqrt{1+x^2}}\right)\left(1+\frac{x}{(1+x^2)\sqrt{1+x^2}}\right)dx$$の求値問題で、定積分単品という非常に珍しい問題でした。近年出題された被積分関数が明示されているタイプの設問は、1989年第5問(バウムクーヘン積分)、1999年第6問(不等式の証明)くらいですが、証明を特に必要としない単純な求値積分の問題(最大値や最小値を与える係数を求める問題を除く)は東大においては実に70年ぶりくらいの出題と言えそうです。問題の内容自体はそこまで難しくはなく、参考書などで対策していれば充分に解き切ることができると思います(因みに、駿台文庫が出版している通称「青本」の中では本問は「定期考査レベル」と評されているようです)。
第2問(平面図形・微分法)、第4問(整数)は設定がシンプルで比較的完答しやすい問題だったと思います。第5問は題意がやや抽象的に感じられるものの、$\cos 1$ という得体の知れない値が登場しますが普通に挟み撃ちの原理で処理できます。(2)は「挟み撃ちの原理を使ってね!」という親切な誘導設問なのでしょうが、慣れている人にとっては少々野暮な設問だったかもしれません…。
第3問は東大で時々出題される正八面体に関する問題でした。過去に東大では1990年、2008年に正八面体に関する出題があります。昨年は大阪大学で正八面体に関する出題がありました。本問は図示の場合分けを正確にできたかで得点が大きく変わったものと思われます。
第6問は4次方程式の絡んだやや難しい複素数の問題で、条件の取り違えや含み忘れ等による失点がかなりあったものと思われます。本問を捨て問扱いにした受験生は多かったかもしれません。
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今年の京大数学の立体図形の問題は証明問題ではなく比較的平易な求値問題となりました。
実はこの問題、今年の慶應義塾大の薬学部の小問にも出題されています(こちらの半径は3)。京大としては文理共通ということで出題したのでしょうが、理系の受験者にとっては絶対に落としたくない問題です。
また、今年の京大数学の整数問題は毎度お馴染みの素数に関する出題でしたが、偶奇性に着目出来れば直ちに完答可能なものでした(「京都大学2019年理系数学第2問」の解説はこちら)。一方で、今年の早稲田大学の理工では$5$を法とした合同式で分類させる整数問題が出題されており、こちらの方が問題のレベルは高いように思います。
早大理工2019年第5問自然数$n$について、次のような命題を考える。
$(*)\ n + 1、2n^2+ 3、6n^2 +5$ がすべて素数である
(1)$n = 5k$($k$は自然数)のとき$n$は $(*)$ を満たさないことを示せ。
(2)$(*)$ を満たすような$n$は $n = 1、2$ のみであることを示せ。
今年の京大数学は証明問題が出題されず、何となく全体的に難度が落ち着いた印象でした。
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それに対して、我が道を行くのが東工大。昨年も難しいセットでしたが、今年はさらにパワーアップしました。全体的に問題設定の抽象度が増していて手を付けにくい問題が多い印象を受けますし、手の付けやすい問題でもそれなりの計算量が要求されるので決してラクではありません。中途半端な数学力では太刀打ちできないセットとなりました。
特に難問だったのが第4問でしょう。空間を平面で分割するという設定は昔ながらではありますが、正確な場合分けと論証が求められる大変な問題でした。平面や空間の分割では漸化式を上手く立てられるかがポイントになります。(3)の論証が特に骨が折れます。管理人が試験場で本問に遭遇したら解ける所まで何か書き残しておいて潔く撤退します(笑)。
その他にもボス級の問題が並んでおり、一筋縄ではいかない試験だったと思います。一般に、試験問題が例年より易化した場合は簡単な問題で取りこぼしをしないようにすることが重要ですが、今回のように難問揃いの試験では問題を解き進めた形跡を答案にできるだけ書き残して得点をもぎ取らなければなりません。これで来年の数学が易化するとは限らないのが東工大の恐ろしいところですね・・・。
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今年の信州大前期理系・経済では「データの分析」と「整数」からシンプルな出題がありました。
シンプルながらも、平均や分散といった統計学の基本事項を問うた良問です。整数問題も、シンプルですが本格的な出題となりました。
信州大理系2019年第6問(1)$2^n-1$ が$3$で割り切れるような自然数$n$をすべて求めよ。
(2)$n^n-1$ が$3$で割り切れるような自然数$n$をすべて求めよ。
これは2003年一橋大前期の整数問題の類題です。
一橋大2003年前期第1問(1)正の整数$n$で $n^3+1$ が$3$で割り切れるものをすべて求めよ。
(2)正の整数$n$で $n^n+1$ が$3$で割り切れるものをすべて求めよ。
合同式を使えば比較的あっさり解ける問題で、今でも演習問題として取り上げられることの多い問題だと思います。類題の経験があって助かったという人も一定数いたのではないでしょうか。
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今年は $\dfrac{1}{\cos x}$ を積分させる問題をちらほら見かけました。(名古屋大理系第1問、京都大学理系第1問(小問)、など)
$x=\tan \theta$ と置き換えて欲しそうな顔をした問題という意味では東大理科第1問も同系列と言えるでしょう。難関大を受験する方は置換積分をしっかりマスターしておきたいですね。
それから、北大前期理系では昨年の(整数問題としてはショボい)確率の問題も含めれば3年連続で整数に関連する問題が出題されたことになります。北大はこれまでほとんど整数分野から出題してこなかったので、これは大きな変化だと言えます。この調子だと北大志望者は来年も整数対策は必須となるでしょう。
新課程に移行してから3年が経過し、全体的に整数と複素数平面の問題が定着してきたように感じます。多くの大学で行列分野の問題が出題されていたのがほんの数年前だというのに何だか懐かしさすら覚えてしまいます。3年後にはまたも課程が変わり、数Bからベクトルが消え、6年ぶりに復活を果たす数Cにベクトルが移動します。プログラミングを必修化するというのにベクトルの概念を理系にしか学ばせないというのはどういう意図なのか理解できませんが、その話はまた後日することにしましょう・・・。
今年の目立った入試問題
以下、個人的に興味を引いた出題を挙げていきます。
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- 東京大学 前期理系で正八面体に関する出題
- 大阪大学 前期理系でファレー数列(スターン・ブロコット木)に関する出題
- 山梨大学 前期理系でフィボナッチ数列に関する出題
- 山梨大学 後期 医(医学科)で3文字の対称式に関する出題
- 神戸大学 前期理系で方程式 $e^x=x^e$ に関する有名問題
- 広島大学 前期共通で三角形の垂心に関する出題
- 京都府立大学 前期理系でブラーマグプタの公式の証明が出題
- 首都大学東京 前期文系で2つの放物線で囲まれる図形の面積公式(1/6公式)の証明が出題
- 首都大学東京 前期文系で完全数に関する出題
- 順天堂大学 医でユークリッドの互除法の証明問題が出題
余談ですが、東大英語の第4問ではイタリアの数学者マリア・ガエターナ・アニェージに関する文章が題材となっていました。彼女は同じくイタリアの女性物理学者ラウラ・バッシに次いで、大学教授となった史上2人目の女性として知られており、数学を専門とする大学教授としては初の女性です。
コラム①:医学部不正入試問題
事の発端は2018年7月に遡ります。息子を東京医科大学に裏口入学させ、文部科学省の局長が逮捕された汚職事件をきっかけに数々の不正入試の実態が暴かれました(呆れたことに当の息子本人はTwitterで裏口入学を仄めかすようなツイートをしていた模様)。
さらに、東京医科大学の不正入試を捜査していく中で、女子や浪人生を不利に扱ったり、卒業生の子供など特定の受験生を優遇したりするという、より重大な不正が明らかになりました。その後の厚生労働省の調査により、複数の大学が不適切な得点調整をしている疑いが出てきました。
調査の結果、東京医科大学の他にも、昭和大学、神戸大学、岩手医科大学、金沢医科大学、福岡大学、順天堂大学、北里大学、日本大学、聖マリアンナ医科大学などで不適切な(もしくは不適切と疑われる)入試が行われていたことが判明。これらの大学以外にも不正の疑惑を招きかねない入学試験の運用が十数校で確認されたと報じられました。
政府はこの事態を重く見て、2019年度の医学部の入学定員を臨時で超過することを特例的に認める措置を発表。2019年度入試の女子・浪人生の合格率は多くの大学で向上しました。また、この事件を契機に、全国の大学で大学入試における差別を禁止する全学部共通のルールが策定され、来年2020年度の入試から適用されることになっています。全大学に一律に課されるルールが整備されたことにより、今後受験を控えている受験生の皆さんは安心して試験に臨めるはずです。
最近はガチガチの学歴社会である韓国でも、官僚が自分の子供を名門大学に不正入学させるなどの汚職が報じられていますね。法務大臣に任命されたチョ・グク氏が疑惑を追及され辞任に至ったニュースは記憶に新しいことと思います。どこの国でもやることは一緒なんですね・・・。
2019年は東京医科大を筆頭に、不正を働いていた大学の志願者数が軒並み減少したとのことですが、報道されている事実を考えれば当然ですね。来年は減少した反動でこれらの大学で少し志願者が増えるかもしれませんが、実際のところはどうなるか分かりません。本件のような組織ぐるみの入試不正が次々に公にされたのは恐らく日本初ではないかと思います。いつぞやのYahoo!知恵袋に入試問題が投稿された事件が可愛く思えてくる大事件でした。
コラム②:採点は学生バイトにお任せ?
2019年7月4日、驚きと言う外ないニュースが飛び込んできました。文部科学省が、センター試験に代わって2021年から実施される「大学入学共通テスト」の採点者として「大学生」がアルバイトとして採用しても良い、という方針を発表し、入試関係者に波紋を広げています。
これに関して、以下に大学入試センターが公開している「お知らせ」から一部引用します(2019年7月14日閲覧)。
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去る7⽉4 ⽇付けのNHKのニュースにおいて、2020年度から始まる⼤学⼊学共通テストから導⼊される記述式問題の採点について、⽂部科学省が「学⽣バイトを認める⽅針」を固めたとの報道がありました。
当センターでは、⽂部科学省が⽰している⼤学⼊学共通テスト実施⽅針にしたがって、記述式の採点業務については「⺠間事業者を有効に活⽤」して⾏うよう準備を進めており、現在、採点業務を委託する⺠間事業者を公募しているところです。具体的な採点の⽅法については、今夏以降に、採択された事業者との契約において定めていくことになりますが、少なくとも、厳正な審査を⾏って採点の適性がある採点者を採⽤すること、採点者に対して事前に⼗分な研修を⾏うこと、複数の視点で組織的・多層的に採点を⾏う体制を構築すること、等を求めていく予定です。
また、NHKによる取材に対しては、採点者個⼈の属性(例えば、教員免許の有無や、⼤学⽣や⼤学院⽣など在学する学校種など)のみに着⽬して、採⽤あるいは不採⽤の条件とすることは考えていない旨をお伝えしてきたところです。
⼤学⼊試センターとしては、今後とも、⽂部科学省と連携しながら、⼤学⼊学共通テストの円滑な実施に向けて準備を進めて参ります。
大学入試センター「NHKの報道について」(外部リンク)より抜粋
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予備校の模擬試験ならまだ可能性があるにせよ、一人の人間の人生を左右しかねない大勝負のジャッジを大学生に任せるのは常識的に有り得ないでしょう。第一に、どういった大学生が採点するのでしょうか?もし素人の学生が採点するとなると、テストの公平性はどのように保証されるのでしょうか?記述式設問で測りたい能力はその採点方式で正しく評価できるのでしょうか?採点者の大学生による不正はどのように防がれるのでしょうか?・・・などと疑問は尽きません。
共通一次試験やセンター試験は入試に要する大学側のコストを削減する意図もあって長らく運用されてきました。ところが報道によれば、約50万人が受験する規模の試験を正常に運用するためには「1万人」もの採点者が必要になると試算されているようです。高校入試や大学入試の採点は1つの部屋に採点官が缶詰めになって行われるのが普通ですが、これでは公平性が損なわれる上に非常にコストの掛かる試験になってしまいます。全く以てお粗末と言う外ありません。
やはりセンター試験クラスの大きな試験で記述式設問を導入する障壁はかなり高いと言えます。大量の答案を高速で、しかも一定の公平性を保ちながら捌くにはAI(人工知能)の力を借りるほかないのかもしれません。しかしAIが採点できるレベルになるまでにあと何年掛かるのでしょうか・・・。
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大学入試に民間の英語試験を利用するという、これまた色々と問題なシステムは最近になって導入が延期されましたが、一連のゴタゴタを観察していると、そもそも文科省には公平な試験を実施する気は無いのかとも思ってしまいます・・・。本来の教育改革はグローバル化する世界で活躍できるような人材を育てることに主眼を置くべきもので、「話す・書く」という技能を測るべきだというのは至極当然です。しかしながら、現状では十分な議論が行われたとは言えず、拙速な感が否めません(但し、これに関してはマスコミの報じ方にも問題があるかもしれませんが)。萩生田文科相の「身の丈発言」がどのような心から出たものかは分かりかねますが、こんな状態では新テスト導入に対する教育関係者の支持は得られないのではないでしょうか?
さらに、一部のワイドショーでは「新テスト」記述式問題採点を落札したベネッセグループと官僚あるいは政府の癒着疑惑まで取り沙汰される始末。61億円余りの税金が一民間企業に注ぎ込まれるというのはともかく、新テストにベネッセコーポレーションだけが関与することで、教育現場におけるベネッセの影響力が悪い意味で拡大してしまうことが懸念されます。
混迷を極める入試改革。残念ながら、入試の現場に混乱が波及するのは避けがたいように思われます。2020年度の受験生がマトモな入試を受けられることを祈るばかりです。
“2019年大学入試総括(主に数学)” への1件の返信