LK-99は本当に常温常圧超伝導を達成しているのか

先月末、「常温常圧で超伝導を示す物質が作成できた」というニュースが飛び込んできた。合成の成功を主張しているのは韓国の高麗大学の研究チームである。超伝導転移温度は歴代最高温度を大幅に塗り替える127℃と報告されており、これが常圧(大気圧)下で超伝導性を発現するとのことである。現在様々な追試が世界中で進められており、ネット世界をリアルタイムで大いに騒がせている。

本稿では、現時点におけるこの周辺の状況について情報を整理したい。

(2023/08/22追記)追試結果が集まってきたので続報をまとめている。こちらの記事も参照して頂きたい。

 

LK-99の追試結果と一連の騒動に関する雑記

 

 

 プロローグ:Lu-HN系の超伝導性?

時はやや遡り、今年の3月。アメリカ合衆国ロチェスター大学の教授であるランガ・P・ディアス(Ranga P. Dias)の研究グループは、294 K(≈ 20.85℃)、1万気圧(≈ 1 GPa; 1ギガパスカル)の条件で含窒素ルテチウムハライド結晶(Lu-HN系)が超伝導性を示すと主張する成果をNature誌において報告した[1]

本来であれば注目すべきニュースなのであるが、物理学界の反応は芳しいものではなく、むしろ懐疑的な意見が多数派であった。というのも、Diasらの研究グループは2020年に炭素硫黄水素化物(C-S-H系)が267 GPaという超高圧条件で室温超伝導を示したとする論文[2]を、これもNature誌に発表していたが、データの正当性に疑義があるとしてNature編集部の権限によって2022年に撤回されているのである。

この論文撤回に関して、なんと著者らは全員同意していなかったようである。Nature誌にとっては「過去の事件」のトラウマ(後述する)があるため、これ以上傷を広げたくなかったが故の独断専行だったとも言えそうだ。

Dias研にはこうした「前科」があるために、物理学界はどちらかというと冷ややかな視線を送っている。この報告に対しては現在も活発な議論が続いている。

北京高圧科学研究センターのHo-kwang Maoらの研究グループは、ルテチウム箔片をH2/N2混合ガス中で加圧したが報告されているような超伝導性を示すことは無かった、という否定的な論文をこの5月に発表している[3]。さらに、それから2か月後のごく最近、室温付近におけるLu-HN系の電気抵抗率の上昇は金属から不良導体への転移に過ぎず、超伝導現象ではないとする追試結果を報告している[4]

一方で肯定的な結果も報告されている。再現実験はどのグループでもかなり難航していたようだが、6月になって米国シカゴ大学のRussell J. Hemleyらの研究チームが独自に作成したサンプルで超伝導性の証拠を捉えたと報告した[5]。まだ査読を受けていないプレプリントの段階であるため現時点での信憑性は低いが、再現性が確認されたのであれば大きな前進と言えるだろう。

現在のところ、Lu-HN系に関しては否定的な見解が多数を占めている。この材料に関しては、依然として十分な検証のための時間が必要なようである。

Diasらの研究成果はNatureに掲載されたことで注目を浴びていたが、これまでにも物理界隈では「常温常圧超伝導物質を発見した!」→「実際には超伝導性がありませんでした…」といった顛末に終始するプレプリントが少なくない数報告されてきた。一部にはこの流れを「様式美」と揶揄する向きもあり、「常温常圧超伝導は(今は無理だが)今世紀中には達成されるだろう」という一歩引いた見方が大勢を占めていた(いる)。

Diasらは頑なに(?)「常圧」と主張しているが、個人的な意見を言わせてもらえば(数百GPaに比べれば低圧とはいえ)そもそも1万気圧(1 GPa)というのは十分高圧であり、常圧からはかけ離れているであろう。


» 【参考文献】

[1] N. Dasenbrock-Gammon, E. Snider, R. McBride, H. Pasan, D. Durkee, N. Khalvashi-Sutter, S. Munasinghe, E. Dissanayake, V. Lawler, A. Salamat, P. Dias, Evidence of near-ambient superconductivity in a N-doped lutetium hydride. Nature 615, 244 (2023). https://doi.org/10.1038/s41586-023-05742-0

[2] (RETRACTED ARTICLE) E. Snider, N. Dasenbrock-Gammon, R. McBride, M. Debessai, H. Vindana, K. Vencatasamy, V. Lawler, A. Salamat, P. Dias, Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride. Nature 586, 37 (2020).
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2801-z

[3] S. Cai, J. Guo, H. Shu, L. Yang, P. Wang, Y. Zhou, J. Zhao, J. Han, Q. Wu, W. Yang, T. Xiang, H. Mao, L. Sun, No evidence of superconductivity in a compressed sample prepared from lutetium foil and H2/N2 gas mixture, Matter Radiat. Extrem. 8, 058401 (2023)
https://doi.org/10.1063/5.0153447

[4] D. Peng, Q. Zeng, F. Lan, Z. Xing, Y. Ding, H. Mao, The near-room-temperature upsurge of electrical resistivity in Lu-H-N is not superconductivity, but a metal-to-poor-conductor transition, Matter Radiat. Extrem. 8, 058401 (2023)
https://doi.org/10.1063/5.0166430

[5] N. P. Salke, A. C. Mark, M. Ahart, R. J. Hemley, Evidence for Near Ambient Superconductivity in the Lu-N-H System, arXiv:2306.06301.
https://doi.org/10.48550/arXiv.2306.06301

◎参考記事:“室温超伝導” は幻?Nature掲載論文が編集者権限で撤回 – 彩恵りり氏

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「LK-99」の超伝導性?

ここで本題である。

そうした状況が続いていた7月22日、韓国の高麗大学のYoung-Wan Kwonらの研究チームが「常温常圧で超伝導を示す物質の作成に成功した」とする実験報告(未査読)をプレプリントサーバーのarXiv(「アーカイヴ」と読む)上で発表した[6]。その材料は著者らによって「LK-99」と名付けられている。論文によるとLK-99の超伝導転移温度(臨界温度)$T_c$は歴代最高記録を遥かに上回る400 K以上と報告されており、しかも大気圧下で超伝導性を発現するとのことである。

「LK-99」という名称は、発見者の李石培(朝鮮語: 이석배、英語: Sukbae Lee)と金智勳(朝鮮語: 김지훈、英語: Ji-Hoon Kim)の頭文字と発見年度(1999年)を合わせたものだそうである。

X線光電子分光によると、LK-99の組成は $\mathrm{Pb}_{10-x} \mathrm{Cu}_{x}\left(\mathrm{PO}_4\right)_6 \mathrm{O}$($x=0.9$~$1.0$)と同定され、結晶構造は下図のような円柱に似た構造になっている。

図.円柱様の結晶構造(右)と予測される超伝導量子井戸(左)
(文献[6]より引用)

これはアパタイト(燐灰石;Ca10(PO4)6(OH)2などの組成をもつ)の構造に類似した六方晶系(空間群:P63/m)で、LK-99の場合は2価の金属イオンサイトがPb(鉛)とドープされたCu(銅)で占められている。Pbの位置を一部置換しているCu2+イオンはLK-99の結晶構造に僅かな歪み(体積収縮)を生じさせており、この絶妙な構造の歪みに起因する形で超伝導量子井戸(SQW)が生じた結果、LK-99の超伝導性が発現しているとKwonらは結論している。

LK-99はPb、Cu、P(リン)、O(酸素)という言ってみれば「ありふれた組成」をもつにもかかわらず、「常温常圧超伝導」という特異な性質を発現するという、物理学者にとっては俄かには信じ難い印象を与える物質である。

また、LK-99の合成法は焼成と破砕・混合のみからなり、加熱時間がやや長いことを除けば比較的単純かつ容易な部類である。物理学者の間では(Kwonらの報告が正しいのであれば)これほど簡単な手順で常温常圧超伝導物質が手に入るということに大きな驚きがあり、この点もLK-99の性質に懐疑的な研究者が多い一因となっている。

» 【LK-99の合成法】

 【LK-99の合成法】

酸化鉛(II)(PbO)と硫酸鉛(II)(Pb(SO4))の粉末を1:1のモル比で混合し、725℃(≈ 1,000 K; 1,340 °F)で24時間加熱してラナルカイトを調製する。

PbO + Pb(SO4) → Pb2(SO4)O

続いて、銅(Cu)粉末とリン(P)粉末を3:1のモル比で真空下の密閉チューブ内で混合し、550℃(820 K; 1,000°F)で48時間加熱することで、リン化銅(Cu3P)を調製する。

Cu + P → Cu3P

上記で作成したラナルカイトとリン化銅の結晶を粉砕して粉末にし、真空下で密閉管に入れ、925 °C(≈ 1,200 K; 1,700 °F)で5~20時間加熱して目的物を得る。

Pb2(SO4)O + Cu3P → Pb10-xCux(PO4)6O + S (g), (0.9 < x < 1.1)

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参考文献の欄にURLを示しておいたので、LK-99に関するより詳細な内容については原著論文を参照して頂きたい。同日に投稿された1次元BR-BCS理論による議論[7]も記載した。


arXivに報告が上がった当初は眉唾物としてあしらわれていたが、追試実験や理論計算の結果が報告されるにつれ、ここ数日にかけてネット上を中心に異様なまでの盛り上がりを見せている。これまで、超伝導物質発見に関する報告はプレプリント段階ではここまでセンセーショナルな話題にはならず、ひっそりと忘れられていくのが常であった。今回に限って、常温常圧超伝導を達成したようだという「噂」とともにLK-99という「謎のコードネーム」が独り歩きしている様は何とも奇妙である。


ところで、このLK-99という物質については、2020年の時点で別の研究者から室温超伝導を達成したとする報告がNature誌に投稿されたがデータの不備によりrejectされていたそうである。なお、論文の著者であるKim氏とLee氏は2年ほど前にLK-99の製法に関する特許を申請しており、今年に入って受理されている。また、1999年の時点で発見されている物質であるにもかかわらず、2023年になって突如としてarXivに(データが不十分とも言える状態で)論文が投稿された経緯に関しては不明な点が多い、ということも指摘しておきたい。


» 【参考文献】

[6] S. Lee, J.-H. Kim, Y.-W. Kwon, The First Room-Temperature Ambient-Pressure Superconductor, arXiv:2307.12008.
https://doi.org/10.48550/arXiv.2307.12008

[7] S. Lee, J. Kim, H.-T. Kim, S. Im, S. An, K. H. Auh, Superconductor Pb10−xCux(PO4)6O showing levitation at room temperature and atmospheric pressure and mechanism, arXiv:2307.12037.
https://doi.org/10.48550/arXiv.2307.12037

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 超伝導という現象

今さらではあるが、ここで超伝導という現象についてごく簡単に解説しておく(ここでは理論的背景には触れない)。

オランダの物理学者ヘイケ・カマリン・オンネス(Heike Kamerlingh Onnes、1853~1926)は1911年、極低温における純金属(水銀、スズ、鉛など)の電気的性質を調べていた際、4.2 Kで水銀の電気抵抗が突然消失する現象を発見した。これが人類と超伝導の出会いの始まりである。

この4.2 Kという極めて低い温度が水銀の臨界温度、すなわち超伝導転移温度$T_c$である。この超伝導発見以降、$T_c$の向上を目指した超伝導物質探索が世界各地で行われてきた。

図.現在までのTc変遷の時系列
Wikipediaより引用)
CSHx系の疑義については上述の通り。

1986年、IBMチューリッヒ研究所のヨハネス・ゲオルク・ベドノルツ(Johannes Georg Bednorz、1950~)とカール・アレクサンダー・ミュラー(Karl Alexander Müller、1927~2023)はZeitschrift für Physik B Condensed Matter誌において、遷移金属酸化物La-Ba-Cu-O系の電気抵抗が30 K近傍から急激に減少することを報告した。この酸化物高温超伝導体の発見以降、銅系酸化物について様々な研究が行われ、結果的に常圧下で150 K付近まで$T_c$が向上するに至った。ミュラーとベドノルツは銅酸化物高温超伝導体を発見した業績により、1987年にノーベル物理学賞を受賞している。

従来の超伝導体よりも高い転移温度をもつ、という意味で「高温」超伝導と呼ばれている。人間が触れて火傷をするという意味の「高温」ではないことは知っておきたい。学生や市民向けの実験などで手軽に超伝導を体験できるのは、この銅酸化物高温超伝導体のお陰である。

近年では100~200 GPa(100~200万気圧)もの超高圧下で硫化水素やランタン水素化物が比較的高い$T_c$(-70~-20℃程度)を有することが実験的にも理論的にも確かめられている。このような室温に近い高温の$T_c$を有する物質はこれまでに知られておらず、未発見の材料が多数眠っていると考えられる。

しかし、このような超高圧条件を必要とする材料は日常生活レベルでの利活用が現実的でない。そこで、常温常圧超伝導物質が人類究極の夢の材料として発見が望まれているのである。


超伝導状態では、例えば次のような特性が発現する。これらは超伝導体の性質の一部である。

    • ゼロ電気抵抗
    • マイスナー効果(完全反磁性)
    • 磁束の量子化
    • ジョセフソン効果(超伝導トンネル効果)
    • 比熱のエネルギーギャップ

このうち、良く知られているゼロ電気抵抗とマイスナー効果は人類社会において特に利用価値の高い超伝導体特有の性質と考えられる。

常温常圧下で導電体の電気抵抗をゼロにできれば、送電ロスやCPUの発熱などをほとんどカットすることができる。これによる経済効果は計り知れない。また、医療機器のMRIやリニアモーターカーに用いられる超伝導磁石の低廉化や、大容量蓄電システムにも応用できる可能性がある。

一般に、超伝導体は電気抵抗がゼロであるからといって無限に大きな電流を流せるわけではなく、超伝導体を流れる電流の大きさには上限が存在する。この電流の大きさを「臨界電流」という。臨界電流の大きさは材料によって様々である。

また、マイスナー効果とは、超伝導状態の物質に外部から磁界を加えると、物質内部の磁束がゼロになる現象のことである。この現象の活用例としては、核融合炉内のプラズマ閉じ込めに必要な超伝導磁石などが挙げられる。これらの他にも未知の活用方法が無数に存在すると考えられる。他にも超伝導体には熱伝導率が低いといった性質があるため、これを応用することも可能だろう。

常温常圧超伝導物質は人類社会の高度化をより一層推し進めるキーアイテムと言える。仮にそのような物質が大量生産できるようになれば、人類社会の様式は瞬く間に一変するであろう。

 

 LK-99は常温常圧超伝導体なのか?

超伝導について何となく分かったところで本題に戻ろう。現在のところ、LK-99の再現実験の状況は芳しくない。一方、理論的に否定しきれていない状況でもある。

中国科学院金属研究所のXing-Qiu Chenらによる密度汎関数理論(DFT)を用いた計算によれば、LK-99(Pb9Cu(PO4)6Oの組成としたモデル)はフェルミ準位近傍に平坦なバンドが存在しており、金属的な性質を持つ可能性が示されている[8]。このバンド構造はCuをドープした場合に特有のものである(=Pb10(PO4)6Oのモデルでは出現しない)ことも報告されている。

図.DFT計算により求められたPb9Cu(PO4)6Oのバンド構造
(PBE汎関数, VASPプログラムによる)
(文献[8]より引用)

バークレー国立研究所のSinéad M. Griffinが報告したDFT計算によるLK-99のバンド構造も同様の特徴を示している[9]。その他にも同様の計算結果[10,11]が報告されているが、このような「フラットバンド」は超伝導体であることの十分条件ではなく、この計算結果から直ちにLK-99が超伝導体であることを結論することはできない

ただし、上記は彼らのDFT計算の結果が全く信用に足らないという意味では全くない。新奇材料の電子状態を確認するためにバンド構造を調べることはこの分野ではごく一般的な手順であり、結晶構造さえ入手できればこのような電子状態計算による検証は可能である。

また、LK-99の合成に成功したとする動画も出回っている。特に注目されているのが昨日(2023/08/01)の夕方にbilibiliにアップロードされた華中科技大学の研究グループによる「再現実験」の動画だろう。この動画は本稿の執筆時点で840万回再生を記録している。

この動画では恐らくマイスナー効果を示すことを主張しようとしているのだろうが、反磁性を示すだけでは超伝導性の証明にならない。その他の超伝導体特有の性質をもつことをデータによって丁寧に示さなければ、単に反磁性を示している材料であるという主張にしかならない(それはそれでユニークな材料とは言えなくもないが)。このデモンストレーションを以て再現に成功したと見なすのは無理がある。超伝導体特有の完全反磁性を示したいのであれば(映像などではなく)数値データによって定量的に証明すべきである

より捻くれた言い方をすると、上の動画のような挙動は磁化鉄などによっても再現できるため、映像にある黒い破片がLK-99であると確認できない以上、何の証拠にもなっていないとも言える。


結論を述べると、現時点ではLK-99が室温で超伝導性を示すという客観的な証拠は無い。ネット空間を眺めていると、これまでの計算結果と「実験動画」に基づいて早合点している者が散見されるが、LK-99が常温常圧超伝導体であるという根拠は依然として乏しい状況であることを理解する必要がある。現時点で常温常圧超伝導が達成されたと結論するのは余りにも早計であり、この材料に期待するにしても今はまだ追試結果の集積を辛抱強く待つ段階だと言える。


» 【参考文献】

[8] J. Lai, J. Li, P. Liu, Y. Sun, X.-Q. Chen, First-principles study on the electronic structure of Pb10−xCux(PO4)6O (x=0, 1), arXiv:2307.16040.
https://doi.org/10.48550/arXiv.2307.16040

[9] S. M. Griffin, Origin of correlated isolated flat bands in copper-substituted lead phosphate apatite, arXiv:2307.16892.
https://doi.org/10.48550/arXiv.2307.16892

[10] L. Si, K. Held, Electronic structure of the putative room-temperature superconductor Pb9Cu(PO4)6O, arXiv:2308.00676.
https://doi.org/10.48550/arXiv.2308.00676

[11] R. Kurleto, S. Lany, D. Pashov, S. Acharya, M. v. Schilfgaarde, D. S. Dessau, Pb-apatite framework as a generator of novel flat-band CuO based physics, including possible room temperature superconductivity, arXiv:2308.00698.
https://doi.org/10.48550/arXiv.2308.00698

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 余談

高温超伝導物質の文脈で語られることが多い有名な不祥事に「シェーン事件」がある。

事の顛末については既にネット上に大量の記事が存在するので今さら詳しく紹介するまでもないのだが、ヤン・ヘンドリック・シェーン(Jan Hendrik Schön、1970~)という人物が中心となって働いた一連の不正行為に関する騒動を、通称「シェーン事件」と呼んでいる。

シェーンはアメリカのベル研究所で働いていた2000年から2002年にかけての期間、超伝導体や有機半導体などの物質の電子的性質に関する革新的な研究成果を続けざまに発表した。これらの華々しい成果により、シェーンは傑出した科学者だとして数々の賞が授与されるなど、将来のノーベル賞受賞者の有力候補と見なされるようになっていった。しかし、成果の根幹となる重要な結果については他の研究者が再現することができず、結果的に重要なデータが悉く捏造されていたことが判明する。この科学史に残る一大スキャンダルは学術コミュニティに大きな波紋を呼んだ。彼の論文はNatureやScienceといった著名な学術誌にも掲載されており、査読システムの限界を露呈する事態となった。

冒頭でも触れた2020年のDiasらによる炭素硫黄水素化物(C-S-H系)の報告は、明確な不正が露見した訳では無いが、データの検証が十分でないと判断したNature編集部の「科学的良心」によって撤回されている。まさにconscience(内なる良心)とでも言うべきか。


もう一つ、今回の騒動の立役者(?)でもある「arXiv」(アーカイヴ)にも触れておきたい。

今回、LK-99に関する議論(論文の投稿など)は権威ある学術誌上などではなく、いずれもプレプリントサーバー(PPS)であるarXiv上で行われている。PPSとは査読プロセスの無い論文投稿プラットフォームであり、速報性の重視される(ライバル研究者の多い)研究成果をいち早く公表したい、といった場合に利用される。

審査員による査読を経た論文は、成果の科学的正当性が一定レベルで保証されている。その半面、査読プロセスが非常に長期に亘ることがあり、査読期間中に他の研究チームによって成果が先んじられてしまうリスクがある。これを防ぐために査読前の論文を一先ずPPSにアップロードし、研究成果の先駆性を対外的に主張するというのが最近の研究成果発表の潮流になっている。

全世界に対して速報すると同時に検証可能性を即座に提供することは、科学の迅速かつ円滑な発展に寄与する。例えば、最近だとCOVID-19のゲノム解析や薬理作用に関する情報などが迅速に共有されたことで、感染症対策に対してPPSが大きな貢献をしたことは記憶に新しい。この30年の間に医療系のmedRxivや生物系のbioRxiv、化学系のChemRxivなどが次々と発足しており、「オープンサイエンス」の観点でもますますPPSの重要性が高まっている。

「オープンサイエンス」とは、研究者のような専門家だけでなく一般市民のような非専門家であっても、あらゆる人々が学術的研究や調査の成果やその他の発信される情報にアクセスしたり、研究活動に多様な方法で参加したりできるようにする科学のあり方を指す。大学などの研究機関の活動の原資は基本的に税金で賄われており、本来はその出資者とも言える国民に還元できる形で科学的コミュニケーションが図られるべきである、という理念に基づく。

今回のLK-99の件のように、世界中の誰もがリアルタイムで最先端の科学的成果の推移を見守ることができるというのは、インターネットの発達による「情報と科学の民主化」の恩恵に他ならない。そして同様の社会現象は今後も幾度となく発生するであろう。

ただ、これまでにもこうした「常温常圧超伝導」に関するプレプリント論文は数多く投稿されてきたのだが、今回これほどセンセーショナルに取り上げられているというのは少し不可解でもある。


常温常圧超伝導はその計り知れない社会的インパクトの高さから、科学に疎い人々にとっても魅惑的に見える現象であることは理解できる。しかし、今はただ経過を静かに見守るのが吉である。

“LK-99は本当に常温常圧超伝導を達成しているのか” への14件の返信

  1. 少なくとも今月の末(2023年8月末)ぐらいに、どこかで追試に成功したという確かなデーターが出ない限り、理系界の嘘論文の一つと考えられるのではなかろうか?
    研究グループが、その物質を信用ある第三者の研究者に提供すれば、ほぼ証明が終わる。それは追試とは言えないが、常温超伝導物質の存在が認められた事になる。

  2. DFT計算とかいうので理論的に正しい事が分かったなら、その物質を作ればいいのでは?
    答えは分かってるけど作り方が分からない的な話?

    1. 本稿を執筆した者です。
      本文にも記載している通り、一般論としてDFT計算だけではその物質が超伝導性を発現するかどうかを判断することはできません。
      現状、このようなシミュレーションで言えるのは「超伝導性をもたないとは言い切れない」という程度で、LK-99のようなバンド構造を有する物質はこれ以外にも多数存在します。
      また、フラットバンドが出現しない物質でも超伝導性を示す物質は存在するため、バンド構造のみを実験の指針とすることはできません。

      論点を分かりやすくまとめると以下のようになります。
      ① バンド構造は「実験結果」の正しさを部分的に支持しているに過ぎない
      ② バンド構造から超伝導性の有無を断言することはできない
      ③ DFT計算などの理論計算のみから実際の超伝導物質を特定するのは極めて難しい(ほぼ不可能)

  3. 内容はとてもわかり易く、経緯や実現性についてかなりはっきりしました。
    まだLK-99が常温常圧で超電導を示す確たる証拠は無く、今後の追証試験次第とはいえ、ありきたりな物質で今まであり得ないレベルであることから疑問符はかなり大きいと感じました。

    1点気になったのが、1999年に発見されてから24年間も何をしていたのかという事です。
    精度高める、量を作るといった部分が難しいならありふれた物質でも高価になりますし。
    査読してたなら(長すぎますが)きちんとした論文に投稿するでしょうし。
    ここの部分も信頼性を毀損している様に思います。

  4. 冷静で(一般向け報道より)一歩詳しい記事をありがとうございます。

    個人的に韓国には(他のBRICKS同様)口コミを売買する勢力が多大な力を持ってる上に、

    ノーベル賞を待望しすぎている国民が多いため、話題性で実際の評価がしにくい国の一つになってしまっていると感じています。

    本当に早く変な熱狂は終息してほしいです。
    こんなに不自然に話題になっては、研究室が予算が尽きて経済マフィア(バイラル操作する仕手筋)あたりに頼ったのではないかなど、余計な疑いをもって物事をみてしまいます。

    国によって疑うなんていうのは、正当性の薄い差別的見方なので早くやめたい。
    (というか、真っ当に研究している人は居るんだから、早く成果を出してノーベル賞どうこうで変に卑屈になる韓国人も煽り散らかす日本人も早く居なくなってほしい。)

    検証で事実と確かめられたならもちろん画期的な成果なので今から話題になるのも分からなくはないのですが…。

    1. 新しい技術や数式には、疑念が付き物。今、熱い量子力学ですら、1915年くらいでは、評価はされておらず、批判的な意見が多かった。あのアインシュタインですら、「神はサイコロを振らない」と言いました。地道に一歩一歩、正しい理論である事を証明していくしかない。そこの過程こそ、神は視ているのではないか、と思います。

  5. 1)LK99を作ったクアンタムエネルギー研究所は企業であり、LK99はその会社が金もうけしようとしている商品。論文はただの自社の製品をプロモーションするだけの手段(会社では論文は重要ではない)
    2)なので、論文に書いてる実験方法は概略できなもの(開発者が韓国でのインタビューで証言)
    3)重要な情報は韓国語の特許、報告書、論文、開発者のインタビューから得られる。英語の情報は大したものでなく、それを基に追試しても普通に失敗する(これも開発者がインタビューで言った内容でまた、正確にクアンタムエネルギー研究所がやった通りに作らないと再現できないとも言ってる)
    4)特許には結晶の中で超電導の部分は一部分なので蒸着等の方法で純度をあげることで超電導のサンプルを得られると書かれてる。製作法の詳しい内容は論文ではなく特許の方に書かれてる。
    5)クアンタムエネルギー研究所は韓国の名門工科大学と「LK9)LK99を作ったクアンタムエネルギー研究所は企業であり、LK99はその会社が金もうけしようとしている商品。論文はただの自社の製品をプロモーションするだけの手段(会社では論文は重要ではない)
    2)なので、論文に書いてる実験方法は概略できなもの(開発者が韓国でのインタビューで証言)
    3)重要な情報は韓国語の特許、報告書、論文、開発者のインタビューから得られる。英語の情報は大したものでなく、それを基に追試しても普通に失敗する(これも開発者がインタビューで言った内容でまた、正確にクアンタムエネルギー研究所がやった通りに作らないと再現できないとも言ってる)
    4)特許には結晶の中で超電導の部分は一部分なので蒸着等の方法で純度をあげることで超電導のサンプルを得られると書かれてる。製作法の詳しい内容は論文ではなく特許の方に書かれてる。
    5)クアンタムエネルギー研究所は韓国の名門工科大学(KENTECH)との間で、常温常圧超電導を利用したアプリケーション開発するMOUを結んでいる。(重要なポイントは常温常圧超電導の開発ではなく、開発されたことが前提のアプリケーション開発であること)。KENTECHにはすでにサンプルが提供されている。
    6)米国アルゴン国立研究所は追試を行い1週間以内に結果を発表するとアナウンスしたが、何故か一週間を過ぎても何ら発表がない。インチキであればインチキと発表すればいいだけのことなのだが。その後8月8日に何故かアルゴン研究所を管轄している米国エネルギー省は銅(LK99の材料)をCritical Mineralのリストに突然追加した。また、アルゴン研究所の人事異動があり、幹部に新しく「超電導」の専門家が就任した。

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