マルコフ数を構成する方法

今回は整数論の分野から「マルコフ数」の話題を取り上げてみます。

 

 マルコフ数とは

ディオファントス方程式$$x^{2}+y^{2}+z^{2}=3xyz$$を満たす正の整数組$(x, y, z)$を「マルコフの3つ組」(Markov triple) と呼び、この解$(x, y, z)$として現れる一連の整数を「マルコフ数」といいます。上記の方程式は「マルコフ方程式」と呼ばれることがあります。

マルコフ数には色々と面白い性質がありますが、特筆すべきはその解の構成方法でしょう。この話題はかつて東大の入試にアレンジされて出題されたこともあります。

マルコフ数には、既に得られているマルコフ数をもとに新しいマルコフの3つ組を構成できるという性質があります。このことから、マルコフ数は無数に存在することが証明できます。今回はこの事実について考察してみたいと思います。

 

 具体的な解は?

まずは具体的な解を見ていきましょう。$x, y, z$ についてマルコフ方程式は対称なので、$x \leqq y \leqq z$ という大小関係を設定しても一般性を失いません。そこで小さい方から $x, y, z$ に値を代入してみると、$(1, 1, 1)$や$(1, 1, 2)$が見つかります。

$x \leqq y \leqq z$ を満たすもののうち、和 $x+y+z$ が$1000$以下のものを一覧にします。

$x$ $y$ $z$
1 1 1
1 1 2
1 2 5
1 5 13
2 5 29
1 13 34
1 34 89
2 29 169
5 13 194
1 89 233
5 29 433
1 233 610

これらのマルコフの3つ組は実は無数に与えることができます。

 

 解を構成する方法

等式$$a^{2}+b^{2}+c^{2}=3 a b c \tag*{・・・ (*)}$$を満たす正の整数組$(a,b,c)$が存在するとします。

このとき仮定より、$t$の二次方程式$$t^{2}-(3 b c) t+\left(b^{2}+c^{2}\right)=0$$は解 $t=a$ を持ちます。$t=a$ とは異なる解を $t=d$ と置くと、解と係数の関係から$$a+d=3 b c$$が成り立つので、$$\therefore d=3 b c-a$$となります。$d$は方程式$(*)$を満たしており、これが $a \leqq b \leqq c$ という大小関係の下で$c$より大きいことが言えれば、既知のマルコフ数をもとに新しいマルコフの3つ組を次々と構成することができます。このことを証明してみましょう。

差 $d-c$ の正負を調べます。$$\begin{aligned} d-c &=3 b c-a-c \\ &=(3 b-1) c-a \\ & \geqq 2 c-a \quad(\because b \geqq 1) \\ &>0 \quad(\because c \geqq a) \end{aligned}$$これより $d>c$ が成り立つので、組$(b,c,d)$は新たなマルコフの3つ組であることが言えます。

つまり、整数組$(a,b,c)$が与えられたとき、整数組$(b,c,3 b c-a)$もまた方程式$(*)$の解となるのです(整数組$(a,c,3 a c-b)$も方程式$(*)$の解になります)。このようにして方程式$(*)$を満たす正の整数解が無数に得られます。

 

 アレンジされた方程式

方程式$$a^{2}+b^{2}+c^{2}=3 a b c \tag*{・・・ (*)}$$に $a=\dfrac{A}{3}$、$b=\dfrac{B}{3}$、$c=\dfrac{C}{3}$ を代入すると、$$\small \left(\dfrac{A}{3}\right)^{2}+\left(\dfrac{B}{3}\right)^{2}+\left(\dfrac{C}{3}\right)^{2}=3 \cdot \dfrac{A}{3} \cdot \dfrac{B}{3} \cdot \dfrac{C}{3}$$ $$\therefore A^{2}+B^{2}+C^{2}=ABC \tag*{・・・ (**)}$$と整理できます。$\text{mod } 3$ を考えれば$(**)$を満たすような整数$A$、$B$、$C$はいずれも$3$の倍数でなければならないことが分かります。つまり、$(*)$が正の実数解をもつことと方程式$(**)$が正の実数解をもつことは同値の関係にあります。

2006年の東大理系前期第4問に、$(**)$の形のディオファントス方程式に関する問題が出題されています。これは実質的に$(*)$と同じなのでマルコフ数の問題です。

因みに、同じく2006年の東大文系前期第3問において$$x^{n}+y^{n}+z^{n}=x y z$$という方程式の $n=1$、$n=3$ の場合を考察させる出題があります。$n=3$ の場合は$$x^{3}+y^{3}+z^{3}=x y z \tag*{・・・ (☆)}$$となりますが、これは正の実数解を持ちません。$\small x^{3}+y^{3}+z^{3}-3x y z$ は$$\small (x+y+z)\left(x^{2}+y^{2}+z^{2}-x y-y z-z x\right)$$と因数分解できるので、$x+y+z=0$ の場合に限って$$x^{3}+y^{3}+z^{3}=3x y z \tag*{・・・ (★)}$$が成立します。しかし $x+y+z=0$ を満たすような正の実数組は存在しませんから、方程式$(☆)$が正の実数解をもつことと方程式$(★)$が正の実数解をもつことが同値であること*1を踏まえると、方程式$(☆)$を満たす正の実数組は存在しないことが言えます。


*1. このことは2次の場合と同様に $x=\dfrac{X}{3}$、$y=\dfrac{Y}{3}$、$z=\dfrac{Z}{3}$ という置き換えによって説明できます。

 

 一般化:フルヴィッツ方程式

マルコフ方程式は$$x^{2}+y^{2}+z^{2}=3xyz$$というものですが、これを$n$個の変数$x_{1}$~$x_{n}$と定数$a$からなる$$x_{1}^{2}+x_{2}^{2}+\ldots+x_{n}^{2}=a x_{1} x_{2} \cdots x_{n}$$のような一般化された形で考察することができます。この$n$元$2$次のディオファントス方程式を “Hurwitz Equation“「フルヴィッツ方程式」と呼びます。マルコフ方程式はフルヴィッツ方程式において $n=3$、$a=3$ としたものに相当しています。

例えば、$n=3$、$a=2$ の場合は整数解が$$\small (x_{1},x_{2},x_{3})=(0,0,0)$$に限られ、$n=4$、$a=2$ の場合も整数解が$$\small (x_{1},x_{2},x_{3},x_{4})=(0,0,0,0)$$に限られます。これらのケースでは無限降下法を用いて非自明な解が存在しないことを証明できます(実は実数解も自明な解に限られます)。

マルコフ方程式を含めて、フルヴィッツ方程式は最近になっても盛んに研究されています。見た目は単純ですが未解決の問題(マルコフ素数は無数に存在するか?など)が多く残されている興味深い方程式なのです。



マルコフ数について書かれた書籍としては「数学への招待」シリーズの「マルコフ方程式」という本がおすすめです。

こちらの本には今回紹介しなかったフィボナッチ数列との関係や、マルコフ数のツリー構造の話題なども掲載されています。マルコフ数には今回紹介した他にも色々な性質があります。興味を持たれた方は是非調べてみて下さい!

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