2次方程式で摂動論とは何かを理解する

摂動論とは、対象としている問題Aを、厳密に解析解が求められる問題Bに小さな「ずれ」(摂動項) が加えられた問題と見なすことで、Aの近似解を求める方法です。本稿ではその分かりやすい導入として、2次方程式を例に摂動論を理解することを目指します。

 

 摂動論の考え方

多重振り子や天体の運動などの力学や、シュレディンガー方程式などの量子力学に関する問題を扱う際に、厳密解を求められない問題に遭遇することが多々あります。そのようなときに活躍するのが「摂動論」という考え方です(この方法を指す場合は特に「摂動法」と呼ばれます)。普通は次のように説明されることが多いです。

厳密に解ける方程式のハミルトニアン$\mathcal {H}_{0}$に対して$$\mathcal {H}=\mathcal {H}_{0}+\mathcal {H}^{\prime}$$という摂動項$\mathcal {H}^{\prime}$を加えた新しいハミルトニアンを考え、エネルギー(などの求めたい値)を微小係数で冪級数展開し、未知数を分離しつつ完全系の線形結合で近似解を表現していく…

摂動法では基本的にこれだけの操作しか要求されないのですが、この説明だけでは摂動論が具体的に何をする方法なのか分かりませんし、全くありがたみが伝わってきませんよね。

そこで2次方程式を例に、摂動論が具体的にどんな方法で、どんなご利益があるものなのかを直感的に理解していきましょう!

 

 2次方程式を摂動法で解く

例えば、次の2次方程式を解くのは容易です。$$(★) \quad x^{2}+x-6=0$$これは$$(x-2)(x+3)=0$$ $$\therefore x=2,\,-3$$と厳密に解くことができます。

では、次の2次方程式はどうでしょうか?$$(*) \quad x^{2}+x-6=0.01$$皆さんは「2次方程式の解の公式」という便利な道具を知っていますので、方程式$(*)$の厳密解を求めるのは然程難しくはないでしょう。しかしこれが3次方程式や4次方程式になってくると厳密解を求めるのは困難です。そういう場合に有効なのが摂動法なのです。

では早速、2次方程式$(*)$を摂動法で解いてみます。

 

ⅰ. 摂動項$\varepsilon$の導入

より一般的に考えるために、$0.01$の部分を摂動と見なして$\varepsilon$と置きます。因みに摂動項としてイプシロンの文字が用いられるのは、英語の “error”(誤差)に由来しています。

さて、$$(*) \quad x^{2}+x-6=\varepsilon$$の解$x$をイプシロン$\varepsilon$の冪級数として$$x(\varepsilon)=x_{0}+\varepsilon x_{1}+\varepsilon^{2} x_{2}+\cdots$$のように「$\varepsilon$の関数」として展開できると考えます(これについては、そういうものなのね、と思って下さい)。ここで$x_{0}$は2次方程式$(★)$の厳密解を表します。$x_{1}$と$x_{2}$は摂動にくっついているオマケの定数です。

ここでは「2次の摂動法」を用いることにします。いま、$\varepsilon$は微小なので、3次以降の項はもっと微小な数値になっています。つまり、無視してもそれほど問題が無い大きさだということです。

$\varepsilon^{2}$という2次の項まで考えて、近似解$x$を$$x(\varepsilon)=x_{0}+\varepsilon x_{1}+\varepsilon^{2} x_{2}$$という式で$\varepsilon$の関数として表すことにします。これを2次方程式$(*)$に代入します。

 

ⅱ. $\varepsilon$の式を代入して整理

$(*)$の式に $x(\varepsilon)=x_{0}+\varepsilon x_{1}+\varepsilon^{2} x_{2}$ を代入して$\varepsilon$について整理すると、$$\small \begin{align}
& \left\{x_{0}^{2}+2 \varepsilon x_{0} x_{1}+\varepsilon^{2}\left(x_{1}^{2}+2 x_{0} x_{2}\right)\right\} \\ & \quad \quad \quad +\left(x_{0}+\varepsilon x_{1}+\varepsilon^{2} x_{2}\right)-6=\varepsilon
\end{align}$$ $$\small \therefore (x_{1}^{2}+2 x_{0} x_{2}+x_{2})\varepsilon^{2}+(2x_{0} x_{1}+x_{1})\varepsilon+(x_{0}^{2}+x_{0}-6)=\varepsilon$$となります。

※注:ここで $x(\varepsilon)$ の二乗の計算は次のようになります。$$\small \begin{align}
\{x(\varepsilon)\}^2 &=\left(x_{0}+\varepsilon x_{1}+\varepsilon^{2} x_{2}\right)^{2} \\
&=x_{0}^{2}+2 \varepsilon x_{0} x_{1}+\varepsilon^{2}\left(x_{1}^{2}+2 x_{0} x_{2}\right)+o\left(\varepsilon^{3}\right)
\end{align}$$いまは2次の項までで打ち切るので、3次以降の項$o\left(\varepsilon^{3}\right)$は切り捨てます。

得られた方程式の両辺の係数を比較することで、以下の連立方程式が得られます。$$\small \left\{\begin{array}{lr}
x_{0}^{2}+x_{0}-6=0 & \cdots ① \\
2 x_{0} x_{1}+x_{1}=1 & \cdots ② \\
x_{1}^{2}+2 x_{0} x_{2}+x_{2}=0 & \cdots ③
\end{array}\right.$$次はこの連立方程式を解いていきます。

 

ⅲ. 連立方程式を解く

①は厳密解を与える方程式で、ここから $x_0=2$ もしくは $x_0=-3$ となります。

$x_0=2$ のとき、②より$$5 x_{1}=1 \quad \therefore x_{1}=\dfrac{1}{5}$$となり、③より$$\dfrac{1}{25}+4 x_{2}+x_{2}=0$$ $$\therefore x_{2}=-\dfrac{1}{125}$$となります。よってこのとき近似解は$$x(\varepsilon)=2+\dfrac{1}{5} \varepsilon-\dfrac{1}{125} \varepsilon^{2}$$と求められます。

同様に $x_0=-3$ のとき、②より$$x_{1}=-\dfrac{1}{5}$$となり、③より$$\dfrac{1}{25}-6 x_{2}+x_{2}=0$$ $$\therefore x_{2}=\frac{1}{125}$$となるので、近似解は$$x(\varepsilon)=-3-\dfrac{1}{5} \varepsilon+\dfrac{1}{125} \varepsilon^{2}$$と求められます。

 

ⅳ. 近似解の$\varepsilon$に値を代入する

以上より摂動を2次まで考慮した近似解$$\small x(\varepsilon)=\begin{cases}
2+\dfrac{1}{5} \varepsilon-\dfrac{1}{125} \varepsilon^{2} \\
-3-\dfrac{1}{5} \varepsilon+\dfrac{1}{125} \varepsilon^{2}
\end{cases}$$が得られました。

もとの2次方程式$(*)$は$$(*) \quad x^{2}+x-6=0.01$$だったので、これは $\varepsilon=\dfrac{1}{100}$ の場合に相当します。このとき解は$$\small \begin{align}
x &=\left\{\begin{array}{r}
2+\dfrac{1}{500}-\dfrac{1}{1250000} \\
-3 – \dfrac{1}{500}+\dfrac{1}{1250000}
\end{array}\right. \\
&=\left\{\begin{array}{r}
2.0019992 \\
-3.0019992
\end{array}\right.
\end{align}$$となります。

厳密解は$$\small x=\dfrac{\sqrt{625}-5}{100},\,-\dfrac{\sqrt{625}+5}{100}$$であり、それぞれの数値は 2.001999200639、-3.001999200639 なので、求められた近似解は小数点以下8桁もの精度で厳密解に一致していることが確かめられます。これは結構凄い精度ですね!


摂動法の流れは、これまで見てきたように、

ⅰ 対象としている方程式に摂動項$\varepsilon$を導入する
ⅱ $\varepsilon$の冪級数を$x$に代入して整理する
ⅲ 係数比較により得られる連立方程式を解く
ⅳ 近似解の$\varepsilon$に求めた定数を代入する

という手順になっています。求めた近似解が厳密解とかけ離れていたらどこかで計算ミスをしています。検算も忘れずに!

 

 誤差の範囲と摂動の大きさ

ここで気になるのが、摂動の大きさがどのくらいの範囲までなら許容できる誤差範囲内に収められるのか、という点です。何万回も繰り返し処理するような計算では小さな誤差でも、蓄積していくと膨大なズレに繋がります。誤差の程度は数値シミュレーションにおいて死活問題と言えます。

というわけで、近似解と厳密解の相対誤差を調べてみましょう。

2次方程式$$x^{2}+x-6=\varepsilon$$の厳密解は$$x=\dfrac{\pm\sqrt{25+4 \varepsilon}-1}{2}$$であり、このうち $x=2$ 近傍の解は $x=\dfrac{\sqrt{25+4 \varepsilon}-1}{2}$ です。よって、$x=2$ 近傍の厳密解と近似解の相対誤差は$$\small E=\left|1-\dfrac{2+\dfrac{1}{5} \varepsilon-\dfrac{1}{125} \varepsilon^{2}}{\dfrac{\sqrt{25+4 \varepsilon}-1}{2}}\right|$$により評価できます。

厳密解と近似解の相対誤差が1%以内に収まるのは $E<\dfrac{1}{100}$ のときですから、これを解くと$$-2.54047<\varepsilon<3.85867$$という範囲が得られます。同様にして $x=-3$ 近傍の場合は$$\small E’=\left|1-\dfrac{-3-\dfrac{1}{5} \varepsilon+\dfrac{1}{125} \varepsilon^{2}}{\dfrac{-\sqrt{25+4 \varepsilon}-1}{2}}\right|$$で相対誤差が評価できるので $E'<\dfrac{1}{100}$ を解いて$$-2.92956<\varepsilon<4.36904$$という範囲を得ます。誤差1%以内なら、摂動$\varepsilon$を割と大きめにしても良いようです。

誤差の範囲を0.001%以内と厳しくすると、$x=2$ 近傍の解については $$-0.308416<\varepsilon<0.321644$$ $x=-3$ 近傍の解については $$-0.353384<\varepsilon<0.367828$$という範囲が得られます。誤差1%のときよりも$\varepsilon$の範囲が結構狭くなりましたね。

実際、$\varepsilon=\dfrac{1}{10}$ のときの近似解は小数点以下5桁の精度で厳密解に一致し、$\varepsilon=1$ の場合でも小数点以下2桁の精度で一致します。

一方で $\varepsilon=10$ と大きめの値にすると、近似解は $x=\dfrac{16}{5}$、$-\dfrac{21}{5}$(3.2…, -4.2…)となり、厳密解は $x=\dfrac{\sqrt{65}-1}{2}$、$-\dfrac{\sqrt{65}+1}{2}$(3.5311…, -4.5311…)となるので、さすがに無視できない大きさのズレになります。


 

摂動論は一見複雑そうなことをしているように見えますが、対象が何であれ、やっていることは全て上で見てきたことと基本的に変わりません。今回の記事で少しでも摂動論恐怖症の方々の症状が緩和されることを願ってやみません…。

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