化学物質DHMOは本当に危険?(一酸化二水素の話題)

最近は世の中が混沌としていて現実世界もネット空間も何となく落ち着きが無い様子です。特に災害時など、人々が一種の恐慌状態に陥っている場合はデマ・風説の類が拡散されやすいものです。

今回は化学物質「DHMO」を導入材料として、ちょっとだけ世の中を見てみます。


化学物質DHMOに関して、世の中ではこんな不都合な真実ジョークが知られています。


「DHMO」、即ち “Dihydrogen monoxide”(英語読みでダイハイドロジェン・モノクサイド)は、都市部の下水に多量に含まれる化学物質である。これは多くの国の上水道にも多く含まれることが知られており、摂取しすぎると死ぬ恐れのある危険な物質である。海へと排出された化学物質DHMOは地球の水循環システムによって大気中を漂い、地球上のほとんどの地域で雨と一緒に地表へ降り注いでいる。DHMOは地球規模で次のような問題を引き起こしている。

・酸性雨の主成分である上に、温室効果により地球温暖化の原因となる
・高レベルのDHMOに曝されることで植物の成長が阻害される
・固体状態のDHMOに長時間触れていると皮膚を大きく損傷する
・多くの金属を腐食・劣化させる
・末期の癌腫瘍細胞中に必ず含まれている

この危険な物質は世界中の工場で冷却・洗浄・溶剤などとして規制されることなく使用・排出されており、あらゆる湖や川、果ては母乳や南極の氷にまで高濃度のDHMOが検出されている・・・。


何という恐ろしい物質なのでしょうか、DHMO…。

…。

 

 

 

さて、以下ネタばらしです。

このDHMOという物質は翻訳すると「一酸化二水素」、要するにH2Oのことであって、つまり「水」をIUPAC命名法に従って小難しく言い換えただけの名称です。DHMOの悪口が色々と書き連ねてありますが、有害とされる特徴については、そう言えなくもない、という感じでしょうか(笑)

要するに、DHMOとは「水」のことである。

要はこれだけのことですね。あと、化学の世界で水のことをわざわざDHMOと呼ぶ人はまず居ません。


そもそもこのジョークが広まったきっかけは、1997年のアメリカで当時中学生だったネイサン・ゾナー氏が「人間がいかにだまされやすいか」(How Gullible Are We?)という科学プロジェクトの一環として行った調査でした。この調査では被験者に上記のようなDHMOの特徴を示した上で、この物質の利用を規制すべきかどうか訊ねるというもので、50人の被験者のうち43人が規制に賛成であり、6人は保留、DHMOの正体を見抜いた人はたった1人だけだったそうです。

情報を受け取る側は、DHMOが何だか得体の知れない危険な物質であるという印象を抱き、それが具体的に何の物質かについては全く知らないまま「危険な物質だ」という判断を下してしまいます。これについては意外と笑い話では済まされない面も指摘できるでしょう。実際、アメリカのどこかの都市のラジオ放送でこのジョークをエイプリルフールのネタとして取り上げたところ、市の水道局に問い合わせが殺到し、ラジオ番組に関わったDJが謹慎処分を下されたという噂もあるくらいです。


情報交換の様式は技術革新とともに変化していきました。

まず、言語の発明により1対1の情報交換が可能となりました。高度な道具を作って生活していたホモ・サピエンスは抽象的な概念も伝達可能な、かなり高い水準の言語運用能力を備えていたと考えられています。漢字などを理解するチンパンジーやボノボが実際に存在することからも、類人猿には太古から会話の技術や言語能力が身に付いていたと思われます。(鳥やイルカなども「会話」ができるため言語をどのように定義するのかにもよりますが…)

その後、記号や文字の発明・発達によって1対多の情報交換が可能となりました。石盤に文字を刻むとか、紙の書物に文字を認めるなどによって、情報の伝達や拡散が容易になりました。会話ではその場・その時でしか情報伝達できませんが、文字の発明によって時間に制限されない情報伝達が可能となりました。中世における活版印刷の発明も情報交換の歴史において画期的な出来事と言えます。印刷技術の発達により、17世紀の初頭に新聞というマスメディアが誕生します。これにより凄まじいスピードで均質な情報を拡散できるようになりました。

それから約300年後、ラジオが発明され、テレビが発明され、情報拡散はより迅速化し体系化されるようになります。そして現代、個人がブログやSNSを通じて情報発信できる時代になりました。イメージとしては個人個人が自分のラジオ局を運営している、というような感じでしょうか。現代社会においては多対多の情報交換が可能となっており、私達は人類史上例を見ない情報拡散能力を手に入れました。さらに最近ではオンラインでミーティングが可能なアプリケーションが多数登場しており、空間を超えた情報伝達がかつてないほど容易になってきています。

しかし人間の頭脳それ自体はそこまで立派なものではなく、情報の受け取り方、送り出し方次第で印象が全く変わってしまいます。上記のDHMOの例はその最たるものでしょう。不正確な情報やバイアスの掛かった情報に触れてパニックに陥る危険性が、現代社会においてはこれまで以上に増大しているのです。最近ではメディアの報道姿勢も問題視されることが増えてきています。一面的な報道になっていないか、都合の良いように情報が切り貼りされていないか、しっかりチェックする必要があります。

しかも現代は私達自身もファクトチェックの対象となる時代なのです。SNSなどによって双方向性のある情報のやり取りが容易になった反面、不正確な情報発信が社会不安を不必要に増大させ人々を煽動してしまうという危険な面も浮き彫りになってきています。先日のトイレットペーパー買い占め騒動も記憶に新しいですよね。この件では事の発端となったTwitterの投稿主が苛烈なバッシング(ネット上の行き過ぎた批判や追及、誹謗中傷は「ネット私刑」と呼ばれます)を受けるなどしました。令和は個人レベルであっても正確な情報発信が求められる時代なのです。



2020年4月現在、流行拡大が止まらない新型コロナウイルスに関しても様々なデマが流布しています。批判の多い政府の感染拡大防止策や経済対策についても様々な情報が出回っており、ネット上では建設的な議論というよりも感情的な喧嘩に近い言い争いが増えてきている印象を強くしています。政府がサンドバッグ状態になることで人々のガス抜きができればそれはそれで良いのかもしれませんが、実際には何の解決にもなっていません。本当に必要なのは、行政の正確で迅速な情報発信、及び自粛要請(これもまた問題のある単語ですが)に付随する休業補償等の経済支援でしょう。これ以上感染による死者を出さないためにも、政府には今一度しっかり国民の方を向きながら仕事をして頂きたいものです。

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