微分積分学と物理学①

古来、数学とは目的であると同時に手段でもあった。数学を美しいと感じるか否かはさておき、太古から人々の生活に欠かせない実学であったことは事実である。数えられる数という体系に始まる数論、長さや高さ、広さといった量を測るための図形的な研究から生まれた幾何学が創始され、数式という概念を高度に発達させて誕生した代数学からは後の微分積分学が成立する。現代における数学教育とはこうした過去の遺産の追認であり追体験であることは前頁の記事で触れられている通りである。

今回は数学以外の学問との関わりという観点から数学という世界の一端を覗いてみよう。


  • 高等学校における理科教育

現代日本の高校生が受ける理系科目の洗礼の一つが物理学の講義であることは否定しがたい。非常に残念なことだが、文系への進学・転向に関する物理学の影響力は絶大で、数学Ⅲ(かつては数学ⅢC)のそれに匹敵するかそれすら上回るほどである。力学の記述体系の理解が曖昧であったがために理系進学の意気を削がれて諦めてしまう学生が多いが、これは非常に勿体無いことである。電磁気学など言わずもがな、その悲惨さは目に余るものがある。

ところで近年盛んに持て囃されている「社会人のための学び直し」であるが、筆者にはこれが一過性のものとは思えない。新書コーナーには高校数学や高校物理、化学、生物などの入門書が並び、どれも教科書レベルの内容が平易な文章で解説されている。殊、数学に関しては「日曜数学」という単語が生まれるほど、実生活の中で趣味として数学を楽しもうという機運が高まってきている。これは江戸時代における和算ブーム以来の出来事ではなかろうか。高校を卒業して大学を出た人間が再び高校レベルの内容を勉強する意義とは何か。

思うに、こうした現象は高校の数学や理科が社会で役に立つ教養として認識され始めたということを意味しているのだろう。高校数学や高校理科が即ち上流の嗜みであるとは言えまいが、人類社会が築き上げてきた文化の根底には常に西洋の科学が存在している。このことは厳然たる事実である。西洋科学を輸入し、それを文化の基礎とした日本の文化・教育の歴史を一般教養として学ぶという行為の延長線上に、高校数学・高校理科の再学習が現れてくるのではないだろうか。


  • 物理学の場合

現代日本の高等学校で学ばれる科学教育(これは全ての理数科目を包摂する)の大半は19世紀以前に得られた科学的知見を基に構築されている。実はこのことが化学は丸暗記教科だと言われてしまう理由の一つなのだが、本稿ではあまり深く立ち入らないことにしよう。現在、日本の高校において物理学は数学(特に微分積分)と切り離されて教えられているが、これが健全な指導とは言い難い。というのも、アイザック・ニュートンは古典力学を構築する上で微分積分学を応用しているからである。

運動方程式$$F=ma$$は物理を齧ったことのある者なら大変見慣れた式であろう。だがこの式こそ、物理が数学によって語られる世界の入り口なのである。

そもそも運動方程式というのは時刻$t$を変数と見なすと、最も簡単な2階微分方程式の一種として表される式である。「速度」とは「位置」を時刻$t$で微分したベクトルであり、「加速度」とは「速度」を時刻$t$で微分したベクトルである。つまり「加速度」とは「位置」を時刻$t$で2階微分したベクトルであり、$$\dfrac{d^2x}{dt^2}=a$$と表しているにすぎない。大学教養課程ではしばしば$$\dfrac{d^2x}{dt^2} \equiv \ddot{x}$$と書き表される(この表記に倣うのであれば $\dfrac{dx}{dt} \equiv \dot{x}$ となる)。したがって運動方程式とは$$F=m\dfrac{d^2x}{dt^2}$$と表されるべきであって、$F$が$t$に依らない定数であれば$$\int F dt=\int m\dfrac{d^2x}{dt^2} dt$$ $$\therefore Ft+{C_{1}}’=m\dfrac{dx}{dt}+{C_{1}}^{\prime\prime}$$ $$\therefore Ft+C_1=m\dfrac{dx}{dt}$$(但し $C_1={C_{1}}’-{C_{1}}^{\prime\prime}$ )および、$$\int (Ft+C_1) dt=\int m\dfrac{dx}{dt} dt$$ $$\therefore \dfrac{1}{2}Ft^2+C_1 t+{C_{2}}’=mx+{C_{2}}^{\prime\prime}$$ $$\therefore \dfrac{1}{2}Ft^2+C_1 t+C_2=mx$$が順次成立する。(但し $C_2={C_{2}}’-{C_{2}}^{\prime\prime}$ )物理で力学をやったことのある大抵の学生であれば $F=mg$ としたときの「公式」を覚えさせられた経験があるのではないだろうか。これは以下の$$\begin{cases} v=v_0+at \\ x=\dfrac{1}{2}gt^2+v_0 t+x_0 \end{cases}$$という関係式であるが、微分積分を利用すればこれが公式でも何でもないことに気が付くであろう。つまり、上記の「公式」は運動方程式 $F=m\dfrac{d^2x}{dt^2}$ において$F$が$t$に依らない定数$mg$であるという特別な場合でなければ使い物にならないのである。こんなものを「丸暗記する」のではなく、微分積分により「導出できるようになる」方が遥かに学習価値が高いのは自明のことである。

また、力積という物理量も運動方程式から理解される。運動方程式の両辺を時刻$t_1$から$t_2$まで積分すると$$\int^{t_2}_{t_1} F dt=\int^{t_2}_{t_1} m\dfrac{d^2x}{dt^2} dt$$となるから、$$\therefore F(t_2-t_1)=m(v_2-v_1)$$(速度$v_1、v_2$は時刻$t_1、t_2$に対応する値)である。ここで$t_2-t_1=\Delta t$、$v_2-v_1=\Delta v$ と置けば$$F \Delta t = m \Delta v$$を得る。これは「力積=運動量変化」という等式に他ならない。

また高校物理で学ぶ特殊な運動に関して言えば、復元力による単振動も微分積分との相性が抜群である。$k$を正の比例定数として力$F$が $F=-kx$ と表せるとき、運動方程式が$$-kx=m\dfrac{d^2x}{dt^2} \ \ \cdots (\spadesuit)$$となる。これはやや複雑な微分方程式であるが、一般解は$\omega$を角振動数として$$x=C_1 \sin \omega t+ C_2 \cos \omega t$$となることが知られている(但し論理的な飛躍を避けずに高校の範囲でこれを示すことは難しいだろう)。これより$$\begin{align} v&=\dfrac{dx}{dt} \\ &=C_1 \omega \cos \omega t – C_2 \omega \sin \omega t \end{align}$$および$$\begin{align} a&=\dfrac{dv}{dt} \\ &=-C_1 {\omega}^2 \sin \omega t – C_2 {\omega}^2 \cos \omega t \\ &=-{\omega}^2 (C_1 \sin \omega t+ C_2 \cos \omega t) \\ &=-{\omega}^2 x \end{align}$$を得る。これより単振動運動では$$\dfrac{d^2x}{dt^2}=-{\omega}^2 x \tag{A}$$という関係式が成立することが言える。単振動の運動方程式$(\spadesuit)$によれば$$\dfrac{d^2x}{dt^2}=-\dfrac{k}{m}x \tag{B}$$となる。$(\text{A})$式と$(\text{B})$式は恒等であるから係数を比較して$${\omega}^2=\dfrac{k}{m}$$ $$\therefore \omega=\sqrt{\dfrac{k}{m}}$$を得る。この式も下手をすると丸暗記の対象となってしまうのだが、上記のような背景があることを認識できていれば少しは親しみを持ちやすくなるのではないか。


  • 結びに

このように物理学には数学を利用すべき分野が多いにも拘らず、実際の学校教育では物理と数学が全く異なる学問領域として扱われている。微分積分を物理に適用した指導は現行の学習指導要領の範疇から逸脱してしまうためか、そのような学び方ができる教科書は見当たらず、またそのために古典物理学を体系的に指導できる教員は非常に限られると思われる。こうした教育の基礎的な部分に不自由があっては人材の国と言われる我が国の将来を憂えざるを得ない。

 

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