2026年10月5日、ノーベル生理学・医学賞の受賞者として、カール・ダイセロス(Karl Deisseroth)氏、ペーター・ヘーゲマン(Peter Hegemann)氏、ゲオルク・ナーゲル(Georg Nagel)氏の3人が発表されました。受賞理由は「光で開くイオンチャネルと光遺伝学に関する発見」です。[1]
光を当てて、狙った神経細胞を動かす。そんな実験を可能にしたのが、光遺伝学(オプトジェネティクス)です。細胞に光で動く「スイッチ」を取り付け、その細胞を働かせたときに、動物の行動がどう変わるかを調べます。出発点になったのは、脳とは縁遠く見える、小さな藻類の研究でした。
何がノーベル賞の対象になったのか
今回評価されたのは、光に反応するたんぱく質を見つけ、それを神経細胞の活動を操る道具にしたことです。3人の貢献は、次のようにつながっています。[1]
| 受賞者・所属 | 主な貢献 |
|---|---|
| ペーター・ヘーゲマン氏 フンボルト大学ベルリン |
藻類が光を感じる仕組みを研究し、光を受けるとイオンの通り道が開く「チャネルロドプシン」を発見・解明した。 |
| ゲオルク・ナーゲル氏 ヴュルツブルク大学 |
|
| カール・ダイセロス氏 スタンフォード大学/ハワード・ヒューズ医学研究所 |
チャネルロドプシンを神経細胞に導入し、光で神経活動を制御する技術へ発展させた。 |
この技術によって、研究者は「ある行動のときに、どの神経細胞が働いているか」に加え、「その神経細胞を働かせると、実際にその行動が起こるか」を確かめられるようになりました。
脳の研究では、何が難しかったのか
脳には多数の神経細胞があり、互いに信号をやり取りしています。そのつながりが神経回路です。ものを見る、手を動かす、出来事を思い出すといった働きは、神経回路の活動によって生まれます。
例えば、動物が手足を動かすときに、ある神経細胞が活発になったとします。その細胞は動きを引き起こしたのでしょうか。それとも、手足が動いたという情報を受け取ったのでしょうか。同じタイミングで活動していると分かっただけでは、原因と結果を区別できません。
そこで、神経細胞の活動を実験で変え、動物に何が起こるかを調べます。以前から電極で電気刺激を与える方法はありましたが、近くにある別の種類の細胞や神経線維まで刺激しやすいという難点がありました。薬を使う方法では、ミリ秒単位で変化する神経活動に合わせて、刺激のタイミングを細かく切り替えることが困難です。[2]
欲しかったのは、「どの細胞を動かすか」と「いつ動かすか」を、同時に選べる方法でした。光遺伝学は、遺伝子の技術で細胞を選び、光でタイミングを決めることで、この課題に応えました。
藻類が持っていた「光で開く通り道」
ヘーゲマン氏が研究していたのは、クラミドモナスという単細胞の緑藻です。光合成をし、細胞から伸びた鞭毛(べんもう)を動かして水中を泳ぎます。この藻類は光を感じて泳ぐ向きを変えます。では、光を受けたことを、細胞はどのように電気的な信号へ変えるのでしょうか。[1]

出典:NobelPrize.org(2026年ノーベル生理学・医学賞公式発表)、公式配布画像。
© The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Ill. Mattias Karlén
ヘーゲマン氏とナーゲル氏らは、その仕組みを担うたんぱく質を調べました。2002年にチャネルロドプシン1、2003年にチャネルロドプシン2(ChR2)の性質を報告しています。これらは、細胞を包む膜に埋め込まれた、光で開くイオンの通り道です。[3][4]
イオンとは、電気を帯びた原子や分子のことです。細胞膜を通ってイオンが移動すると、細胞の内側と外側の電圧の差が変わります。神経細胞も、この電圧の変化を利用して信号を送っています。
ChR2に青い光を当てると、たんぱく質の形が変わって通り道が開きます。神経細胞に取り付けた場合は、ナトリウムイオンなどが通り、全体として正の電荷が細胞内へ流れ込みます。その結果、膜の内外の電圧差が変化し、一定の水準に達すると、活動電位と呼ばれる短い電気信号が発生します。[4][5]
青い光を当てる
↓
ChR2の通り道が開く
↓
イオンが移動し、膜の内外の電圧差が変わる
↓
神経細胞が電気信号を出す
チャネルロドプシンの使いやすさは、光を受け取る働きと、イオンを通す働きを、一つのたんぱく質が兼ね備えていることにあります。光を受けてから通り道が開くまでが速いため、神経細胞の素早い信号にも対応できます。
神経細胞に、光で動くスイッチを付ける
ダイセロス氏らは、この藻類の仕組みを神経細胞へ持ち込みました。2005年、エドワード・ボイデン氏らとの共同研究で、培養したラットの神経細胞にChR2を作らせ、光の点滅に合わせて電気信号を発生させることに成功しました。制御できる時間の細かさは、ミリ秒、つまり1000分の1秒の単位です。[5]
実験の基本は、次の3段階です。
-
- 狙った細胞に遺伝子を届ける。光に反応するたんぱく質の「設計図」を導入します。
- その細胞にたんぱく質を作らせる。細胞膜に光で動くスイッチが取り付けられます。
- 光を当てて、活動を変える。照射のタイミングを調節しながら、神経の信号や動物の行動を調べます。

出典:NobelPrize.org(2026年ノーベル生理学・医学賞公式発表)、公式配布画像。
© The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Ill. Mattias Karlén
「光」と「遺伝学」という名前は、この組み合わせに由来します。光を当てるたびに遺伝子を書き換えるのではなく、あらかじめ細胞に作らせたたんぱく質を、光で作動させます。
さらに2007年には、細い光ファイバーで脳内へ光を届け、生きた動物の神経活動や運動を制御する研究へ進みました。細胞を培養する皿の上で得られた技術が、行動する動物の脳を調べる手段になったのです。[6]
働かせるスイッチと、活動を抑えるスイッチ
光遺伝学では、光で神経細胞を働かせるだけでなく、その活動を抑えることもできます。使い分けるのは、細胞に導入するたんぱく質です。
ChR2は、神経細胞に電気信号を出させるために使われます。一方、光を受けて塩化物イオンを細胞内へ運ぶハロロドプシンなどを使うと、電気信号が出にくい状態にできます。2007年には、こうした活性化と抑制の道具を組み合わせる方法が報告されました。[7]
ある細胞群を働かせたときと、活動を抑えたときで、行動がどう変わるかを比べる。この両方向の実験によって、その細胞群が神経回路の中で果たす役割を調べられます。例えば、ある行動を引き起こすのか、逆にその行動を止める側で働くのかを、具体的に検証できます。
記憶を呼び起こす細胞を、光で確かめる
光遺伝学が可能にした実験の一つに、記憶に関わる細胞を直接働かせる研究があります。2012年、利根川進氏らの研究グループは、マウスの海馬を使って、この問題に取り組みました。海馬は、場所や出来事の記憶に深く関わる脳の領域です。[8]
マウスがある場所で電気刺激を受けて、その場所への恐怖を学習するときに、活動していた神経細胞へChR2を作らせます。後日、別の場所で、その細胞群を光で刺激しました。
するとマウスは、恐怖の記憶を思い出したときに見られる、体の動きを止めるすくみ反応を示しました。怖い経験をした場所に戻さなくても、学習時に活動した細胞群を再び働かせることで、その記憶に結び付いた反応を引き起こせたのです。
この実験は、記憶と一緒に活動する細胞を見つけるだけでなく、その細胞群の活動が、記憶の呼び起こしにつながることを示しました。「この細胞は何をしているのか」という問いに、細胞を動かした結果で答えられる。光遺伝学の強みがよく分かる例です。
視覚を取り戻す研究にも
光遺伝学は、治療への応用も研究されています。分かりやすい例が、目の網膜です。網膜では、光を受け取る視細胞が光を電気的な信号に変え、その情報が神経細胞を通じて脳へ伝わります。
網膜色素変性症などで視細胞が失われても、信号を中継する神経細胞が残っていれば、そこに光へ反応する働きを持たせる方法が考えられます。光遺伝学によって、残った細胞を新たな光の受け手にするのです。
2021年には、網膜色素変性症で視力が光を感じる程度まで低下した患者1人について、視覚機能の部分的な回復が報告されました。網膜の神経細胞に光感受性たんぱく質ChrimsonRを作らせ、専用ゴーグルが捉えた映像を光のパターンに変換して、網膜へ届けました。[9]
患者は訓練後、ゴーグルを装着した状態で、目の前にある物体の位置を見つけたり、数を数えたり、手を伸ばして触れたりできました。回復したのはこうした限られた視覚機能ですが、細胞に新しい光センサーを持たせる方法が、人の視覚を補う手段になり得ることを示した成果です。
藻類の研究が、脳の実験を変えた
光遺伝学の発展には、今回の3人に加えて多くの研究者が関わっています。『現代化学』2023年4月号では、ダイセロス氏とゲロ・ミーゼンベック氏が、それぞれどのように光による神経活動の制御を考えたかが語られています。ミーゼンベック氏らも、ショウジョウバエ由来の光感受性の仕組みを神経細胞に導入する先駆的研究を進めました。[2]
今回の受賞につながったチャネルロドプシンは、もともと藻類が光を感じるために使っていたたんぱく質です。その働きを調べた研究と、神経細胞を精密に動かしたいという研究が結び付き、脳を調べる新しい実験方法が生まれました。
どの細胞が、どのタイミングで働くと、どんな反応が起こるのか。光遺伝学は、神経細胞の活動を選んで変えることで、記憶や行動を生み出す仕組みを実験で確かめられるようにしました。この技術が、2026年のノーベル生理学・医学賞で評価されました。
参考資料
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- NobelPrize.org:2026年ノーベル生理学・医学賞公式発表(2026年10月5日)。受賞者、所属、受賞理由、研究の経緯。
- 「光遺伝学で脳を解き明かす―カール・ダイセロス博士、ゲロ・ミーゼンベック博士に聞く」『現代化学』2023年4月号、20–24頁、東京化学同人。(受賞記念として記事を無償公開中)
- Nagel, G. ほか(2002):Channelrhodopsin-1: a light-gated proton channel in green algae。Science 296, 2395–2398。
- Nagel, G. ほか(2003):Channelrhodopsin-2, a directly light-gated cation-selective membrane channel。PNAS 100, 13940–13945。DOI: 10.1073/pnas.1936192100。
- Boyden, E. S. ほか(2005):Millisecond-timescale, genetically targeted optical control of neural activity。Nature Neuroscience 8, 1263–1268。DOI: 10.1038/nn1525。
- Aravanis, A. M. ほか(2007):An optical neural interface: in vivo control of rodent motor cortex with integrated fiberoptic and optogenetic technology。Journal of Neural Engineering 4, S143–S156。DOI: 10.1088/1741-2560/4/3/S02。
- Zhang, F. ほか(2007):Multimodal fast optical interrogation of neural circuitry。Nature 446, 633–639。DOI: 10.1038/nature05744。
- Liu, X. ほか(2012):Optogenetic stimulation of a hippocampal engram activates fear memory recall。Nature 484, 381–385。DOI: 10.1038/nature11028。
- Sahel, J.-A. ほか(2021):Partial recovery of visual function in a blind patient after optogenetic therapy。Nature Medicine 27, 1223–1229。DOI: 10.1038/s41591-021-01351-4。
資料確認日:2026年10月7日。
