mol計算の増減表はなぜ一つのxで書けるのか

化学の計算では、反応前後の物質量を「はじめ」「変化」「あと」の表に整理します。ところが、窒素が $x$ 減り、水素が $3x$ 減り、アンモニアが $2x$ 増える、と書いたとき、この $x$ は何を測っているのでしょうか。物質ごとに違う文字を使わなくてよい理由も気になります。

一つの反応だけで物質量が変わるなら、その変化は係数の比にそろいます。そこで共通の進み具合を一つだけ決めれば、各物質の量が決まります。高校で使う増減表を丁寧に読むと、大学で学ぶ反応進行度の考え方が見えてきます。

前提知識:物質量とmol、化学反応式の係数、モル濃度。前半には微分を使いません。最後の発展節では、増減表と反応速度を結び付けます。

反応式は増減する量の組を指定する

次の反応を、左から右へ進む向きに書きます。

$$\mathrm{N_2}+3\mathrm{H_2}\longrightarrow2\mathrm{NH_3}$$

窒素1 molと水素3 molを消費すると、アンモニア2 molが生成します。窒素が0.10 mol減る段階なら、水素は0.30 mol減り、アンモニアは0.20 mol増えます。量を小さくしても、比は1対3対2のままです。

ここで、窒素が減った物質量を $x$ と置きましょう。本記事の $x$ は単位molを持つ量です。「$x$ mol」と書いたときの数値だけを $x$ と呼ぶ流儀とは区別します。水素の減少量は $3x$、アンモニアの増加量は $2x$ です。

三つの変化を別々に未知数にしてもかまいません。しかし反応式に従うという条件を使うと、結局は同じ一つの変数にまとめられます。これは計算を簡単にする技巧というより、物質の増減が互いに結び付いていることの表現です。反応式から物質量の比を求める基本はOpenStax 4.3節を参照。

例題 初めから生成物がある増減表

問題:窒素0.80 mol、水素1.80 mol、アンモニア0.20 molを用意しました。この反応による物質量の増減だけを考えます。窒素が0.40 mol消費された時点の各物質量と、正方向へ進める量の上限を求めてください。数値は本記事のために作ったもので、実際のアンモニア合成の平衡組成や実験収率を表すものではありません。

考え方:初めからあるアンモニアも「はじめ」の欄に入れます。以下では、式の中の0.80 molなどが初めの物質量、$x$ が共通の進み具合です。横に長い表にせず、物質ごとに同じ三段階を並べます。

  • 窒素:はじめ0.80 mol、変化 $-x$、あと $0.80\,\mathrm{mol}-x$
  • 水素:はじめ1.80 mol、変化 $-3x$、あと $1.80\,\mathrm{mol}-3x$
  • アンモニア:はじめ0.20 mol、変化 $+2x$、あと $0.20\,\mathrm{mol}+2x$

解答:$x=0.40\,\mathrm{mol}$ を入れると、窒素0.40 mol、水素0.60 mol、アンモニア1.00 molです。アンモニアの増加分は0.80 molですが、反応後の量には初めの0.20 molも足します。

検算:減った窒素0.40 molと水素1.20 mol、増えたアンモニア0.80 molの比は、確かに1対3対2です。さらに、窒素原子の物質量は反応前に $2\times0.80+0.20=1.80$ mol、反応後に $2\times0.40+1.00=1.80$ molで一致します。水素原子についても、前後とも4.20 molです。

分子の物質量の合計は2.80 molから2.00 molへ減っています。保存されるのは元素ごとの原子数や全質量であって、分子数の合計が必ず保存されるわけではありません。増減表の答えを確かめるときにも、この違いは大切です。

限界試薬はxの上限を決める

物質量は負になれません。窒素と水素が残るための条件を、それぞれ立てます。

$$0.80\,\mathrm{mol}-x\geq0$$

$$1.80\,\mathrm{mol}-3x\geq0$$

窒素からは $x\leq0.80\,\mathrm{mol}$、水素からは $x\leq0.60\,\mathrm{mol}$ が得られます。両方を満たす必要があるので、正方向への範囲は次のようになります。

$$0\leq x\leq0.60\,\mathrm{mol}$$

先に上限を作るのは水素です。このように、反応が正方向へ量論的に最大限進むときに先に使い切る物質を限界試薬といいます。初めのmol数が少ない物質を選ぶのではありません。係数で割った値を比べる必要があります。限界試薬と理論収量についてはOpenStax 4.4節を参照。

上限まで進めば、窒素は0.20 mol、水素は0 mol、アンモニアは1.40 molとなります。ただし、これは反応式と初期量から決まる上限です。実際にそこまで進むか、何秒かかるかは、増減表だけでは決まりません。平衡に達して途中で正味の変化がなくなる場合もあります。

大学ではこの共通変数を反応進行度と呼ぶ

ここまでの $x$ を、大学の化学ではギリシャ文字 $\xi$(クシー、またはグザイ)で表し、反応進行度と呼びます。どこを出発点にするかを決め、その時点を $\xi=0$ とします。単位はmolです。

反応物には負、生成物には正の符号を付けた係数を化学量論数 $\nu_i$ とすると、物質 $i$ の物質量は次の一つの形で書けます。

$$n_i=n_{i,0}+\nu_i\xi$$

$n_{i,0}$ は出発点での物質量です。今回なら、窒素の化学量論数は $-1$、水素は $-3$、アンモニアは $+2$ です。「初めの量に、符号付きの係数×進行度を足す」と読めば、増減表と同じですね。定義の確認には、IUPACの反応進行度と化学量論数の項目が使えます。

この式のどの物質から計算しても、同じ $\xi$ が得られるのが重要です。例題のアンモニアなら、$(1.00-0.20)/2=0.40$ mol。水素なら、$(0.60-1.80)/(-3)=0.40$ mol。符号も含めて一致します。

反応式を全体で2倍に書くと、化学量論数も2倍になります。同じ物質量の変化を表す進行度は半分です。つまり、進行度の数値はどの係数で書いた反応式を採用したかとセットで決まります。反応物の何割が減ったかを表す無次元の割合とも異なり、必ず0から1までの値を取る量ではありません。

逆反応まで許せば、初めの状態から左向きに進んだときの $\xi$ は負になります。今回の初期量では、アンモニアの非負条件から $\xi\geq-0.10\,\mathrm{mol}$ も得られます。ただし、この範囲は可能な物質量を示すだけで、どちらへ進むかを決定するものではありません。

molと濃度を混ぜない

物質量 $n_i$ からモル濃度を求めるときは、容器の体積 $V$ で割ります。例題の時点で体積が2.00 Lなら、窒素、水素、アンモニアの濃度は順に0.20、0.30、0.50 $\mathrm{mol\,L^{-1}}$ です。

$$[i]=\frac{n_i}{V}$$

一定体積なら、濃度の増減も $\nu_i\xi/V$ になります。ここで $\xi/V$ の単位は $\mathrm{mol\,L^{-1}}$ であり、$\xi$ 自体の単位molとは違います。濃度表で使う $x$ と物質量表で使う $x$ を同じものだと思わないよう、表の上に単位を書く習慣が役立ちます。

反応中に体積が変わる場合も、物質量の式は使えます。ただし濃度は各時点の体積で割り直します。膨張や希釈による濃度の変化まで、すべて化学反応による消費だと解釈してはいけません。

発展 増減表を時間と結び付ける

進行度が時間によって変わると考え、$n_i=n_{i,0}+\nu_i\xi$ を微分すると、$dn_i/dt=\nu_i\,d\xi/dt$ です。体積が一定の場合、係数で規格化した反応速度は、

$$v=\frac{1}{V}\frac{d\xi}{dt}$$

と書けます。増減表が表していた一つの進み具合を、今度は「1秒当たり、単位体積当たり」で測っているわけです。複数の独立な反応が同時に起こる系では、一般に一つの進行度では足りません。それぞれの反応による増減を分けて考える必要があります。

理解を確かめる3問

  1. 架空の反応 $2\mathrm A+\mathrm B\to3\mathrm C$ に、Aを0.70 mol、Bを0.50 mol、Cを0 mol用意しました。正方向の進行度の上限と、そのときのCの量を求めてください。
  2. 問1で $\xi=0.15\,\mathrm{mol}$、体積0.50 Lのとき、Cのモル濃度はいくらですか。
  3. 同じ物理的変化を、反応式を全体で2倍にした式で記述すると、問2の進行度はいくらになりますか。

解答:1は $\min(0.70/2,0.50)=0.35$ mol、Cは1.05 molです。Bが0.15 mol残ることも確認できます。2はCが $3\times0.15=0.45$ molなので、濃度は $0.45/0.50=0.90\,\mathrm{mol\,L^{-1}}$。3は0.075 molです。係数が2倍になる分、進行度を半分にすると、各物質の増減は変わりません。

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