平衡は反応が止まった状態なのか

反応容器の色や濃度が、しばらくたっても変わらなくなりました。もう反応は止まったのでしょうか。可逆反応では、右向きと左向きの変化が同時に続きながら、見かけの濃度が一定になる場合があります。これが動的平衡です。

この記事では、二つの向きの速度を数値で比べ、「速度が等しい」と「濃度が等しい」を区別します。そのうえで、今の組成から平衡へ進む向きを判断する道具、反応商 $Q$ と平衡定数 $K$ へ進みます。

前提知識:モル濃度、反応速度、比例、可逆反応。後半で登場する活量という言葉は、その場で説明します。全体を通して、温度が一定で、物質の出入りがなく、外部から反応を駆動し続けない系を考えます。

減る分と増える分を別々に数える

まず、AとBが1対1で変換される、次の単純なモデルを考えます。

$$\mathrm A\rightleftharpoons\mathrm B$$

右向きを正反応、左向きを逆反応と呼びます。一定体積の容器で、正反応がBを作る速度を $v_{\mathrm f}$、逆反応がBを消費する速度を $v_{\mathrm r}$ とすると、Bの正味の増加速度は引き算で表せます。

$$\frac{d[\mathrm B]}{dt}=v_{\mathrm f}-v_{\mathrm r}$$

毎秒同じ量のBが作られ、同じ量のBが使われれば、全体の量は変わりません。右辺が0でも、それぞれの速度が0とは限らないのです。濃度のグラフが横ばいになっていることは、正味の変化がないことを示します。

この反応の平衡では、正反応と逆反応の速度が等しくなります。しかし、AとBの濃度まで等しくなるとは限りません。動的平衡の基本的な説明はOpenStax 13.1節を参照。

なお、濃度が一定という観察だけで、あらゆる系を平衡と断定することはできません。たとえば流れ込む量と流れ出す量が釣り合う容器でも、濃度は一定になり得ます。また、変化が遅すぎて短時間では見えない場合もあります。平衡を考えるときは、系の条件も一緒に確認します。

例題 同じになるのは速度か濃度か

問題:上の可逆反応に、次の一次の速度式が成り立つと仮定します。素反応を理想化した教材用モデルで、特定の実在反応の測定値ではありません。

$$v_{\mathrm f}=k_{\mathrm f}[\mathrm A]$$

$$v_{\mathrm r}=k_{\mathrm r}[\mathrm B]$$

$k_{\mathrm f}=0.060\,\mathrm{s^{-1}}$、$k_{\mathrm r}=0.020\,\mathrm{s^{-1}}$ とします。初めの濃度はAが $0.080\,\mathrm{mol\,L^{-1}}$、Bが $0.020\,\mathrm{mol\,L^{-1}}$ です。初めにどちらへ正味の反応が進み、平衡では各濃度がいくらになるでしょうか。

考え方:正反応は $0.060\times0.080$、逆反応は $0.020\times0.020$ を計算します。以下の速度の単位は $\mathrm{mol\,L^{-1}\,s^{-1}}$ です。

$$v_{\mathrm f}=0.0048$$

$$v_{\mathrm r}=0.00040$$

正反応の方が速く、Bは差の0.0044だけ毎秒、単位体積当たりに増え始めます。ただしこの差は初めの瞬間の値です。Aが減ってBが増えると二つの速度も変わるので、そのまま何十秒分も掛け算することはできません。

解答:平衡で二つの速度が等しい条件は、

$$0.060[\mathrm A]_{\mathrm{eq}}=0.020[\mathrm B]_{\mathrm{eq}}$$

です。添字eqは平衡での値を意味します。したがって、平衡ではBの濃度がAの3倍になります。1対1の変換で体積も一定なので、二つの濃度の合計は初めと同じ $0.100\,\mathrm{mol\,L^{-1}}$。合計を1対3に分ければよく、

$$[\mathrm A]_{\mathrm{eq}}=0.025\,\mathrm{mol\,L^{-1}}$$

$$[\mathrm B]_{\mathrm{eq}}=0.075\,\mathrm{mol\,L^{-1}}$$

となります。検算:正反応は $0.060\times0.025=0.0015$、逆反応も $0.020\times0.075=0.0015$ です。両方とも0ではありません。濃度は異なっていますが、速度は確かに等しくなりました。

今の比と平衡の比を分ける

例題では、平衡での濃度比はB÷Aで3でした。では、反応途中でもその比を計算してみましょう。この1対1の理想化モデルでは、反応商 $Q$ を次のように表せます。

$$Q=\frac{[\mathrm B]}{[\mathrm A]}$$

分子にも分母にも、その時点での濃度を入れます。初めは $Q=0.020/0.080=0.25$。平衡では $Q=0.075/0.025=3$ です。反応商は途中の状態にも使える量で、平衡で取る値を平衡定数 $K$ と呼びます。今回の温度と反応式では $K=3$ です。

このモデルで $Q$ と $K$ を比べると、次のように判断できます。

  • $Q<K$:BのAに対する比が平衡より小さく、正味には右へ進む
  • $Q=K$:平衡の組成条件を満たし、正味の変化がない
  • $Q>K$:BのAに対する比が平衡より大きく、正味には左へ進む

たとえばAが0.020、Bが0.080 $\mathrm{mol\,L^{-1}}$ なら $Q=4$ です。BからAへの変化が優勢となり、比が3へ近づきます。「生成物が多そう」という印象ではなく、平衡の基準値と比較できるところが反応商の利点です。反応商と平衡定数の関係はOpenStax 13.2節を参照。

速度定数の比を使える範囲

例題では $K=k_{\mathrm f}/k_{\mathrm r}=3$ になりました。これは、示した正逆の速度式と、理想化した1対1のモデルから導いた関係です。どんな総括反応でも、反応式の係数をそのまま速度式の指数にして同じ議論ができる、という意味ではありません。

複数の段階で進む反応の速度式は、反応式だけからは決まりません。一方、平衡の反応商の指数には、決めた反応式の化学量論数が使われます。同じように濃度の積が出てきても、速度式と平衡条件を混同しないことが重要です。

また、$K$ が大きいことから「速く反応する」とは言えません。例題で正逆の速度定数を両方とも10分の1にしても、その比と平衡濃度は変わりません。ただし、同じ組成での変化は遅くなります。平衡定数は落ち着く先の条件を示し、そこへ至る時間は速度の問題として扱います。

大学への橋渡し 濃度から活量へ

大学では、熱力学的な反応商を活量 $a_i$ で定義します。活量は、物質の化学的な状態を標準状態に対して表す、単位を持たない量です。薄い溶液を理想溶液として近似できる場合には、濃度 $c_i$ を標準濃度 $c^\circ$ で割ったものを使います。

$$a_i\approx\frac{c_i}{c^\circ},\qquad c^\circ=1\,\mathrm{mol\,L^{-1}}$$

厳密には相互作用の影響を表す活量係数も必要です。ここでは「濃度の数値をそのまま扱える近似には条件がある」と押さえておきましょう。活量の定義はIUPAC Gold Bookのactivityに基づきます。

1対1の $\mathrm A\rightleftharpoons\mathrm B$ なら $Q=a_{\mathrm B}/a_{\mathrm A}$。理想溶液近似では、分子と分母の標準濃度が消えるため、前半の濃度比になります。別の反応式 $2\mathrm A\rightleftharpoons\mathrm B$ では、

$$Q=\frac{a_{\mathrm B}}{a_{\mathrm A}^{2}}$$

です。これも無次元です。濃度だけの商 $[\mathrm B]/[\mathrm A]^2$ を使う流儀の $Q_c$、$K_c$ とは、標準濃度の因子を区別する必要があります。「平衡定数に単位があるか」という議論では、何を定義した定数なのかを確認してください。本記事の $Q$、$K$ は活量で定義する無次元の量です。IUPACのstandard equilibrium constantも参照してください。

さらに、反応式を全体で2倍にすれば、反応商も平衡定数も元の2乗になります。反応式を逆向きに書けば逆数です。温度が変われば一般に $K$ も変わるので、反応式と温度を固定して比べます。この平衡条件は、反応が一段階の素反応であることを要求しません。

理解を確かめる3問

  1. 例題と同じ温度で、AとBがともに $0.050\,\mathrm{mol\,L^{-1}}$ でした。平衡でしょうか。正味にはどちらへ進みますか。
  2. 例題の平衡で、Aの正味の消費速度はいくらですか。正反応だけによるAの消費速度と区別してください。
  3. 例題を $\mathrm B\rightleftharpoons\mathrm A$ と逆向きに書いたとき、平衡定数はいくらですか。正逆の速度定数を両方2倍にした場合、元の向きの平衡定数は変わりますか。

解答:1は $Q=1<3$ なので平衡ではなく、右向きです。濃度が等しいだけでは平衡の判定になりません。2は正味では0、正反応だけなら $0.0015\,\mathrm{mol\,L^{-1}\,s^{-1}}$ です。3は逆向きの定数が $1/3$。両方の速度定数を2倍にしても比は3のままで、元の向きの平衡定数は変わりません。

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